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豪上院議員、カナダとの二重国籍が発覚し辞職 [オセアニア]

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 民進党の蓮舫代表は7月18日、自身が重国籍でないことを示す戸籍謄本などを公開した。
 議員の重国籍が憲法で禁止されているオーストラリアでは、14日にスコット・ラドラム上院議員(緑の党共同副党首)が辞職したが、同じ緑の党の共同副党首ラリッサ・ウォーターズ上院議員も18日、重国籍が発覚して辞職した。
 ウォーターズ議員は1977年、マニトバ州ウィニペグでオーストラリア人の両親から生まれた。この時代は、カナダで生まれた外国人はカナダ国籍を取得するには申請が必要で、彼女はそれをしなかったためカナダ国籍がないものと思っていたが、生まれる1週間前にカナダ市民権法が施行された。それは、出生で得たカナダ市民権を知らないうちに喪失しないよう対処したものだった。
 ウォーターズ議員は、記者会見でこう述べた。
「外国生まれの多くの政治家が連邦議会にいて、同様にきまりの悪い思いをしていることだろう。」

 オーストラリアでは、少なくとも国民の6人に1人が重国籍者と考えられている。トニー・アボット前首相はかつてイギリス国籍を保持していたが、1993年に放棄したことを示す書類をネット上に掲示した。
 シドニー大学で憲法学を教えるアン・トゥーミー教授は、1901年にオーストラリア自治領が成立した時点ですら、オーストラリアとイギリス・カナダ・ニュージーランドは外国ではなく、同じ国と見なされていたと指摘する。オーストラリア裁判所が、法律上イギリスを外国と見なしたのは1986年のことである。なおカナダ自治領の成立は1867年、完全独立は1982年である。
 トゥーミー教授は、若干の元首相は重国籍であった可能性があるが、議員の適格性は1970年代まで問題にされなかったと語った。
 カナダ憲政史において、初期の首相たちは多くが外国籍を保持していた。判明している最後の重国籍の首相は、ジョン・ターナー(イギリス国籍、在任1984年6月~9月)である。カナダは、1982年憲法制定によって完全独立を果たしたと考えられており、それ以降では公職者の重国籍はしばしば問題視された。自由党のステファン・ディオン元党首(前外務大臣)は、野党第一党党首に就任したときフランス国籍を放棄した。ミカエル・ジャン前総督も、就任するときフランス国籍を放棄した。新民主党は万年野党だが、トム・マルケア党首が党首選に出馬したときは、野党第一党だったため彼のフランス国籍が問題視されたものの、放棄していない。

 オーストラリア緑の党は、上院7議席・下院1議席の小所帯だが、2人が辞職した後も、同じ党の2人が当選し現在の勢力を維持するものとみられる。
 ウォーターズ議員は今年5月、連邦議会の議場で授乳した最初の母親となり、世界のメディアで報じられた。


写真:上院議場で授乳するラリッサ・ウォーターズ上院議員。
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