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クレメント元産業相、セクスティングで離党 [保守党]

 厚生大臣・産業大臣・予算庁長官・北オンタリオ経済開発イニシアチブ担当大臣を歴任した保守党の重鎮トニー・クレメント議員は、SNSで複数の女性にセクスティング(猥褻な画像・動画・文書を送ること)を行った事実を認め、11月7日保守党幹部会から離脱した。彼はツイッターを頻繁に更新し、SNSのヘビー・ユーザーとして知られていた。彼は今後、無所属議員となる。

 (1) 事件発覚、除名は免れる
 彼は5日、アンドリュー・シーア党首と会談した。その席で彼は、最近「一人の合意ある女性」に猥褻な画像を送ったところ、画像を公表されたくなければ5万ユーロ(約640万円)支払えと恐喝され、警察に通報したと報告した。シーア党首は、彼が国家保安情報委員会メンバーと下院法務委員会副委員長と影の法務大臣の職務を続けるのは無理と判断し、これらの辞職を促すとともに、隠蔽は不可能とみて事態の公表に踏み切ったが、セクスティングの対象は一人だけだったという報告を受け、幹部会からの除名はしないと発表した。
 クレメント議員は6日、国家保安情報委員会メンバーと下院法務委員会副委員長と影の法務大臣を辞職し、次のように説明した。
「私は粗末な判断を下し、間違った道に進んだと認める。」
「私は、インスタグラムのあらゆる種類の画像に『いいね』を押している。私は決して、頼まれてもいない迷惑メッセージを送っていない。」
「外国人の俳優(※原文は“actors”:複数男性名詞)がごく最近、私の無分別を恐喝に使おうとしたので、連邦警察にすぐ通報した。」

 (2) 「インスタグラムのキモ男」
 だが事態が公表されるや、複数の女性たちから、ネット上でクレメント議員につきまとわれたという報告が相次いだ。

 CBCで働いていたキム・フォックスさんは3・4年前、インスタグラムでクレメント議員にフォローされていることに気づいた。彼がその後、画像に大量の「いいね」をつけて行くので、彼はインスタグラムの使い方をわかっていないのか、たちの悪いスタッフに管理させているのか、それともロボットなのかと思ったという。その後「いいね」の数は増え続け、知人の女性たちからも同様の報告を受けるようになった。
 夫はそれはちょっと積極的すぎないかと言って、二人で画像を見たら、「いいね」がついているのは自分一人の写真ばかりで、風景やそれ以外の写真にはついていなかった。
「彼は、私にメッセージは送っていない。彼は私に、不適切な画像も送っていない。多くの知人女性が私と似たような経験をしているが、不適切な画像を送られたという話は聞いていない。」

 オンタリオ州トロント在住のクレア・マクワットさんは、ツイッターでトロント青年部の委員長を務めていると表示していた。するとクレメント議員は2014年、地方政治について語り合いたいというメッセージを送ってきた。
「彼は私のタイムラインを遡り、多くの画像に『いいね』をつけた。彼はいつも、女性または女性たちの画像に『いいね』をつけていた。」
 彼女はこのころ、tonyclementcpc名義のアカウントが「インスタグラムのキモ男」として、党の若い女性スタッフの間で広く知られていたことを知った。

 オンタリオ州ハミルトン在住のソフィ・ジェフロスさんは、こう綴っている。
「私はインスラグラムで6人をブロックしていて、トニー・クレメントはその一人だ。私たちは、若い女性のための政治集会で知り合った。彼は私のページを数年遡り、画像に『いいね』をつけ始めた。彼は年をとりすぎていて、気持ち悪いと思ったので、彼をブロックした。」

 オンタリオ州パリー・サウンド在住のある女性は、クレメント議員からのメッセージは最初は問題ないが、その後親密になると性的になると語った。
「彼は私に性的な画像や動画やメッセージを送ってきて、私につきまとった。私がいないと寂しいとか、私がどれほど素晴らしいかとかを書いて送ってきた。」
 ポート・シドニーの自宅に来てお茶を飲まないかと誘われたが、彼女は断ったという。
「私は自分が話をする唯一の女性であり、この件は秘密にしておいてほしいと彼はいつも言っていた。」
 彼女は2か月前、クレメント議員はほかの女性たちにもネット上でつきまとっていると知らされた。

 ハンドルネーム「クロニカリー・セーラ」さんは、ツイッターにこう綴っている。
「インスタグラムは、彼のデートサイトだ。彼の好みは、
カナダ人
20~26歳
ロングヘアか肩までの髪
彼は最初は友人のように装い、その後性的に変わる。妻はこのことを知っている。」

 (3) 幹部会を辞職、無所属に
 シーア党首は、記者会見で「幹部会からの除名はしない」と発表した4時間後、再度会見を行い、クレメント議員に幹部会を辞任するよう要請したと発表した。
「私は、これが唯一の事件であるという彼の言葉を信じていた。その後、多数の事件の報告があったので、彼がこれらの申し立てに対応できるよう、幹部会を辞任するよう依頼した。」
 さらに問題は一議員としてのみならず、彼が国家保安情報委員会メンバーを務めていたため、安全保障上の国家機密が漏洩したのではないかという懸念すらひき起こしている。連邦警察と枢密院は、これについても調査している。ラルフ・グッデイル公安大臣は、クレメント議員への恐喝は、彼が国家保安情報委員会メンバーだったことと関係あるとは思わないと語った。
 クレメント議員は改めて声明を発表し、被害を訴えた女性たちと妻に謝罪した。
「私は、関わった女性たちに謝罪する。そして私が知らなかったとしても、一線を越えたことで不快にさせたいかなる人々にも、謝罪する。心から申し訳なく思う。」
「人生で最も大切な人、順調なときも逆境のときもそばにいてくれた妻を、私は裏切った。彼女は素晴らしい家庭を築くため、多くの犠牲を払ってきた。私にできることは、どれほど長くかかろうとも、自分がしたことを白状して、我々の信頼関係を建て直すと約束することだけだ。」
 彼は、自分が犯した個人的過ちは下院議員としての職務には影響しないと述べたが、自分が必要とする標準を満たさないと認めた。
「下院議員としての任務を遂行し続ける間、このような事件が二度と起こらないことを確実にするため、私生活で必要とする援助と処置を求めることを、私は約束する。」
 彼の妻、作家で弁護士のリン・ゴールディングさんは事件を受けて、7日に声明を発表した。
「トニーが声明で言及したとおり、彼は援助を得るための行動を起こしています。私たちが家族や友人たちと過ごした幸せな生活を回復することを、望んでいます。あなたにはわかるでしょうから、この件についてこれ以上言うことはありません。」

 クレメント議員は2010年、演説で「我々にはより多くのサクセス・ストーリーが必要だ」と言おうとして「我々にはより多くのセックス・ストーリーが必要だ」と言い間違えている。
https://canadianhistor.blog.so-net.ne.jp/2010-11-23 参照)
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ケベック政治転換、そのとき世論調査機関は [ケベック]

 ケベック州議会総選挙の結果は、またしても世論調査機関を驚愕させた。総選挙直前の世論調査では、ケベック未来連合と自由党の支持率の差はわずかで、最小で1ポイント、最大でも5ポイントしかなく、多くの機関は2または3ポイントだった。しかし実際の結果は、ケベック未来連合37.4%に対し自由党24.8%で、12.6ポイント差があった。つまり信頼できるはずの世論調査に、9ポイント以上の誤差が生じたことになる。それは、全ての世論調査機関が予測を外した衝撃の2013年ブリティッシュコロンビア州総選挙以降の、5年間で14回の総選挙において最大の誤差である。そのとき世論調査で、BC新民主党はBC自由党に7ポイントリードしていたが、実際の得票率では自由党が4.4ポイント上回った。

 世論調査機関は回答者から回答を得たあと、それを実際の有権者の年齢・性別などの構成比に合わせるため、特定の回答に倍率をかける。これがケベックでは言語が重要な要素となるため、回答を実際のフランコフォン(仏語話者)・アングロフォン(英語話者)・アロフォン(英仏語以外の話者)の比率に合わせる必要がある。問題は有権者の構成比が、実際の投票者の構成比と同じとは限らないということだ。
 全体の投票率は66.5%だったが、ケベック未来連合候補が勝った選挙区では69.4%だったのに対し、自由党候補が勝った選挙区では59.3%だった。フランコフォン人口が最も少ない9選挙区のうち8つは、投票率60%以下だった。レジェ・マーケティング社が選挙後に実施した世論調査は、非フランコフォンの47%が棄権したことを示した。自由党支持者には明らかに、長期政権に対する倦怠感があった。
 いっぽうメインストリート・リサーチ社のキート・マギー氏は、投票日の4日前の調査で「投票する党を変えることが大いにありえる」と回答した人が11%もいたと報告した。またレジェ・マーケティング社による選挙後の調査は、回答者の36%が最後の週に(うち11%は当日に投票所で)投票先を決めたことを示した。それは、2014年には8%にすぎなかった。同社の調査はさらに、ケベック州民の54%が実際に投票した党以外の党に投票することを検討し、自由党支持者の5%が最後の週末にケベック未来連合支持に変わったことを示した。

 次の連邦議会総選挙まで、あと1年もない。世論調査は今のままでいいのだろうか。カナダは法律で、投票日当日の世論調査発表を禁止している。メインストリート・リサーチ社のジョゼフ・アンゴラノ氏は嘆息する。
「私は、このような土壇場の翻意をどうやって捕捉すればいいのかわからない。」
 リサーチ・カンパニー社のマリオ・カンセコ氏も、できるだけ遅く調査を実施するくらいしか対策がないと嘆く。
 だがイプソス社のセバスチャン・ダレール氏は、楽観的だ。
「これは、過去50年間のケベック政治のパラダイムを転換する、定型外の選挙だった。独立論争がテーブルから下ろされ、ケベック州民は新しい構図を求めていた。だが連邦議会選挙は、定型のものになるだろう。長く続く現政権に対する、変化を求める強い欲求は見られない。」
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ケベック未来連合過半数、ケベック政界再編へ [ケベック]

 10月1日に実施されたケベック州議会総選挙は、即日開票され、ケベック未来連合74(37.4%)、ケベック自由党31(24.8%)、ケベック党10(17.1%)、ケベック連帯10(16.1%)、その他0(4.6%)(定数125議席、括弧内は得票率)という結果となった。ケベック未来連合は初の政権獲得で、48年間続いたケベック党と自由党による「独立か否か」の争いに終止符を打った。旧二大政党のケベック党は、公式政党の資格である12議席ないし得票率20%のいずれにも達せず、初めて総選挙に挑んだ1970年を除き、初めて第4党に転落した。ジャン=フランソワ・リゼ党首は落選し、即日党首を辞任した。自由党は、史上初めて得票率30%を下回った。

 フランソワ・ルゴー次期首相は1957年、ケベック州サン=タン=ド=ベルビューに生まれた。1998年ケベック党から州議に当選し、ブシャール内閣の産業・商業大臣と文部大臣、ランドリー内閣の厚生・社会福祉大臣と文部大臣を歴任し、党内重鎮と見なされたが、ケベック独立に疑問を抱くようになり、2009年6月政界を引退した。
 彼はその2年後、右派で非独立派の新党「ケベック未来連合」を旗揚げする。ヘルスケアの経費削減などを訴え「自由党と何も変わらない」と言われた同党は、もっぱら自由党の政治腐敗を攻撃してきた。自由党は、元ケベック党の彼を「隠れ独立派」と揶揄したが、彼は自身を「ナショナリスト」と呼んだ。ここで言う「ナショナリスト」とは「国家主義」ではなく、フレンチ民族主義のことである。
 新党には、ルゴー党首以外に経験ある政治家がいなかった。だが2007年総選挙で、党首一人しか議員のいなかった右派の民主行動党が野党第一党に躍進し、右派の非独立派にも根強い支持があることが示された。独立を訴えるケベック党は3位に沈み、思えばこのとき今日の予兆が見えていたというべきだろう。ケベック未来連合は2012年に民主行動党を併合し、その議員たちを傘下に収めた。2012年と2014年の総選挙は、どちらも3位に終わったものの、与党に迫る得票率を記録した。
 今回総選挙で同党は、財界の異論にもかかわらず、移民削減を提唱した。そして移民がフランス語の将来を脅かすとし、移住して3年以内にフランス語を学ばない移民を追放すると述べ、物議をかもしている。
 世論調査では、ケベック独立を支持する人が年々減っていることがわかっている。旧二大政党のケベック党が主張する独立は、有権者に受けなくなっている。そこで独立を訴えず、フレンチ民族主義を主張するケベック未来連合が、フランコフォン有権者の間で支持を広げていった。

 与党自由党は、財政の均衡を保つため予算削減に走り、有権者の支持を失った。
 自由党は歴史的に、世論調査より多く得票することが知られている。2012年総選挙では、自由党は世論調査でずっと3位だったが、蓋を開けてみればケベック党より4議席、得票率にして0.75%足りない2位だった。だがそのような現象は、ケベック党政権成立が独立をひき起こすという懸念から起きるもので、今回は独立を訴える党がなく、追い風は吹かなかった。

 ケベック党は、独立を問う住民投票を2022年まで実施しないと公約し、争点を移民とヘルスケアに絞ったが、存在意義を失い、支持者をつなぎ留める何の効果も生まなかった。独立を支持する者は独立派のケベック連帯に走り、フレンチ民族主義を支持する者はケベック未来連合に走り、初めて与党になった1976年以来最低の惨敗を喫した。
 2007年総選挙で野党第二党に転落したとき、党内で「独立路線は有権者に受けないのでは」という異論は出た。だがその後党首になったマロワ党首が独立を強く訴えなかったため、強行独立派との間で内ゲバとなった。そして自由党がマフィアと関係し支持を失ったため、ケベック党は再び政権に復帰できたものの、独立をあくまで訴えるべきかどうかという問題に向き合うことのないまま、今日の惨敗を迎えた。リゼ党首も落選しており、ケベック党は独立論争と次の党首を誰にするかをめぐり、一大転機を迎えるだろう。多くの批評家は、同党は近い将来消滅すると予測している。

 ケベック連帯は若い支持者が多く、若年層の投票率が低いことからこれまで苦戦を続けてきた。だが2017年10月に左派の小政党「国民の選択」を併合し、ケベック党が独立路線を棚上げしたことも有利に働き、根拠地のモントリオール島で6議席のほか、ケベック市で2議席、シェアブルック市で1議席、地方で1議席を獲得し、初の2桁議席・2桁得票率に達した。
 独立派の左派であるケベック連帯は、類似のケベック党と票を奪い合っている。ケベック未来連合はケベック連帯とは競合せず、フランコフォン有権者の票をケベック党と奪い合う関係にあることから、ケベック連帯の躍進もケベック未来連合に有利に働いた。
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【世論調査】ケベック未来連合の少数政権濃厚に [ケベック]

 10月1日のケベック州議会総選挙投票日を目前に控え、CBCは9月25日に政党支持率調査を実施した。その結果は、ケベック未来連合30.9%、ケベック自由党29.9%、ケベック党19.8%、ケベック連帯15.8%、その他3.6%となった。ここから導き出される予想獲得議席は、ケベック未来連合63(44~78)、ケベック自由党41(31~63)、ケベック党13(1~33)、ケベック連帯8(3~20)、その他0(0~0)議席(定数125、括弧内は最小と最大議席)となる。ケベック未来連合の勝率は78.2%で、同党の少数政権になる確率は42.1%と算出されている。

 ケベック未来連合は一時は自由党を20ポイントもリードしたが、支持率をじりじりと下げ、現在は僅差のリードを保っている。それにもかかわらず同党の勝利はゆるがず、過半数をうかがう勢いである。その理由は既述のとおり、フランコフォン有権者間での圧倒的な支持にある。同党はケベック市と、モントリオール島以外の州全域で幅広く支持されている。
 ケベック未来連合が支持率を下げた分だけ、他の3党は支持率を上げた。自由党は、根拠地のモントリオールを堅持している。ケベック連帯は、これまで根拠地だったモントリオール島のみならず、モントリオール市周辺にまで支持を拡大している。4党が激戦を繰り広げ、当選に必要な得票率が30%を下回るような選挙区では、同党が複数の議席をさらうチャンスがあり、これまで3議席が最高だった同党が2桁議席まで飛躍する可能性がある。
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「たちあがれケベック」の5議員がケベック連合に復党 [ケベック]

 連邦議会が夏休みを終えて召集されると、ケベック連合を離党して新党「たちあがれケベック」に参加した議員全員が、9月17日に復党したとマリオ・ボリュー暫定党首が同日発表した。
 復党したのはレアル・フォルタン議員(党首)、ガブリエル・サン=マリー議員、ルイ・プラモンドン議員、リュック・テリオー議員、モニク・ポーズ議員の5人。これにより下院勢力は、自由党182、保守党97、新民主党41、ケベック連合10、緑の党1、人民党1、CCF1、無所属2、欠員3(定数338議席)となった。

 ケベック連合では2月、ウェレ党首に反発して7人の議員が離党し、新党を結成した。だがウェレ党首が信任投票実施に追い込まれ、6月に不信任されると、ミシェル・ブードリア議員とシモン・マルシル議員の2人がただちに復党した。
 暫定党首になったボリュー氏は、性格のよく似た2党が共倒れになることを憂い、残りの5人を復党させるための布石に着手した。彼は、親ウェレ派と反ウェレ派の両方を含んだ執行部を構成し、党内融和に努め、8月に「たちあがれケベック」の議員たちに復党を呼びかけた。
 プラモンドン議員は「同じ選挙区に独立派の2つの党があるべきではない」と語った。
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ベルニエ元外相、人民党を旗揚げ [保守党]

 マクシム・ベルニエ元外務大臣は9月14日に記者会見を行い、新党「カナダ人民党(英語:People's Party of Canada/仏語:Parti populaire du Canada)」の旗揚げを発表した。
「あまりにも長い間、カナダの政治は、普通の市民から乖離したオタワの政治家や官僚、利益団体、カルテル、ロビー団体、国際機関、労働組合に乗っ取られてきた。」
「今こそ政府が、カナダの人民を第一とする時である。」
 彼は新党の政策として、小さな政府、自由市場主義を支持し規制に反対、健康保険への政府助成の廃止、酪農供給管理制度の廃止、憲法の護持などを掲げた。なお党首選は実施しないという。
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 レポータからの質問は、彼の移民政策に集中した。彼は保守党党首選で、新移民に「カナダの価値」調査を実施すべきだと主張したケリー・リーチ候補を批判したが、その後自由党の移民政策を「極端な多文化主義」と批判した。かつての発言とその後の発言をどう一致させるのかと問われた彼は、「新党は一歩進んで独自の政策を採る」と答えてお茶を濁した。具体的には「同性愛者は処刑されるべきだと考えるような人を移民として受け入れてはならない」「カナダに来る移民の総数を減らしたい」と述べた。
 新民主党のシン党首は、ベルニエ党首を「反移民党を創ろうとしている」と非難したが、彼は排外主義者の居場所は新党にはないと明言した。
「移民に反対する極端な人々、彼らはこの党で歓迎されない。それは明白だ。私には、この党から出馬する候補を選ぶ特権がある。そして我々は、我が党の価値を共有する人々を選ぶ。」
 先週グローブ&メイル紙に、反移民の極右団体リーダーと会談したと報じられたことについて、ベルニエ党首は事実と認めたが、彼らの組織の見解を知らなかったと語った。また党首選敗退時に、リバタリアン党とナショナリスト党から党首就任を要請されたが、断っている。
 保守党のガーマント・グリューワル元議員や「マリファナ王子」マーク・エメリー氏らは新党支援を公表しているが、ベルニエ党首のほかに同席者はなく、彼は一人で記者会見を行った。保守党議員を勧誘したかと問われると、彼は議員ではなく支持者を引きつけたいと語った。
「私は、元同僚の支援を期待していない。私は、彼らの立場を尊重する。私は、彼らに呼びかけなかった。私は、彼らに支援を求めなかった。実は私には、その時間がない。私は、助けを求める人々と話すのがとても忙しい。」

●再建党の悪夢
 ベルニエ党首は、彼の試みを「カナダ史上独特のもの」と評した。だが批評家の間では、83年前の再建党の悪夢を思い起こす人がいる。
Henry_Herbert_Stevens.jpg 世界恐慌の中、ヘンリー・ハーバート・スティーブンス貿易通商大臣は、価格特別委員会の委員長に就任した。人々はそれを「スティーブンス委員会」と呼んだ。彼は大企業による価格操作と市場操作を強く非難し、ベネット首相が考えるよりはるかに急進的な政府介入を主張した。だが首相には、財界を敵に回す政策など採れるはずもなく、スティーブンスを保守党幹部会から追放する。スティーブンスは、保守系新党「再建党(Reconstruction Party)」を結成した。
 再建党は「公共事業を行い、労働争議を仲裁し、高所得者へ増税し、天然資源開発により財政赤字を克服し、農産物を管理する委員会を設立する」と主張し、「ニューディールのカナダバージョン」と呼ばれた。それらのポピュリズム的政策は、あたかもベルニエの正反対でありパロディを見るかのようだ。ベルニエが保守党の右に行ったのに対し、スティーブンスは保守党の左に行ったのである。ベネット首相は再建党を「解体党(Deconstruction Party)、これまで政権を獲ったことのない、無謀な個人的野心から考え出された新奇な運動」と揶揄したが、実際のところ、保守票分散が自由党を利することに真剣に困惑していた。彼は手紙にこう綴っている。
「総理大臣は、どんな種類の同僚にも適応できる。だが寛容さには、限度がある。無知は許されるが、裏切りは許されない罪である。」

 1935年の総選挙は、保守党にとって惨事となった。野党自由党は得票率44.7%で、前回の45.5%と大差なかったにもかかわらず、議席を89から171に増やし、安定多数を獲得した。与党保守党は得票率29.8%ながら39議席にとどまり、前回より95議席も減らした。再建党は得票率が8.7%もあったにもかかわらず、当選者はスティーブンス党首1人にとどまった。グローブ紙は「これは選挙ではない。虐殺だ」と報じた。
 次の党首になるロバート・マニオンも落選し、「反逆は40議席を損なった」と憤慨した。自由党候補が当選したうち48選挙区で、自由党候補と保守党候補の得票差は、再建党候補の票数より少なかった。もしも保守党分裂がなければ、両党の得票率合計は38.5%に及び、自由党を過半数割れに追い込め、保守党は強力な野党たりえただろう。
 スティーブンスはその後、党首選を実施し、彼自身を当選させ、党綱領を制定した。レスブリッジ・ヘラルド紙は、こう評した。
「スティーブンス氏は彼の党を創り、その綱領を制定して、その党首を選出し、彼自身を当選させることに成功した。そして、ほかには誰もいない。」
 彼は1938年保守党に復党し、再建党は解体された。再建党は、彼を追放した保守党に復讐するという観点では大きな役割を演じたが、再建党それ自体は何の存在意義もなかった。


写真上:記者会見を行うマクシム・ベルニエ党首。
写真下:ヘンリー・ハーバート・スティーブンス。
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ケベック未来連合、支持率4割以下でも過半数か [ケベック]

 ケベック州議会総選挙が、10月1日に実施される。
 CBCは8月29日、政党支持率調査を実施した。その結果は、ケベック未来連合36.6%、ケベック自由党28.7%、ケベック党18.4%、ケベック連帯10.9%、その他5.4%となった。ここから導き出される予想獲得議席は、ケベック未来連合73(60~85)、ケベック自由党37(27~50)、ケベック党10(2~27)、ケベック連帯5(2~7)、その他0(0~0)議席(定数125、括弧内は最小と最大議席)となる。ケベック未来連合の勝率は96.4%と算出され、焦点は過半数に達するかどうかだけとなっている。

 ケベックの歴史上、過半数に達した政党の最低得票率は、モリス・デュプレシが国民連合を率いた1944年総選挙での38.0%である。このとき自由党は得票率39.4%に達したが、議席数で下回った。第3党の人民ブロックは、得票率14.4%・獲得議席4議席だったので、有力な第3党が影響したわけではない。国民連合が得票率38.0%で過半数を獲れた理由、それは同党がフランコフォン有権者を独占できたからである。
 さて2018年、フランコフォン有権者の41%はケベック未来連合を、22%はケベック党を、20%は自由党を支持している。フランコフォン有権者が多数を占める選挙区は125のうち100あり、そのうち人口比で65%を占めている。ケベック未来連合の支持率は現在36.6%だが、同党は記録的低得票率で、過半数を獲得するとみられている。
 ケベック党は、1994年総選挙では得票率44.8%で、自由党の44.4%をわずかに上回ったにすぎなかったが、77議席の過半数を獲得し、自由党の47議席を大きく引き離した。ケベック党は1998年総選挙でも得票率42.9%で、得票率43.6%の自由党を下回ったにもかかわらず、76議席の過半数を獲得し、自由党の48議席を大きく引き離している。この原因もフランコフォン有権者の得票率にあり、1994年はケベック党が自由党に14ポイントリード、1998年はケベック党が自由党に18ポイントリードした。第3党の動向は問題ではなく、ケベック民主行動党(後にケベック未来連合に吸収される)の得票率が、1994年に6.5%、1998年には11.8%だったが、どちらも党首一人が当選しただけだった。

 ケベック州で20世紀以降、少数政権は2度しか誕生していない。一度目は2007年の自由党政権で、得票率は33.1%だった。第2党の民主行動党は30.8%、第3党のケベック党は28.4%だった。二度目は2012年のケベック党政権で、得票率は32.0%だった。第2党の自由党は31.2%、第3党のケベック未来連合は27.1%だった。ここから導かれる結論は、少数政権が成立するには強力な第3党が必要だということである。現在第3党のケベック党は、支持率が18.4%しかなく、1位と2位に大きく引き離されている。同党はかつての二大政党であるが、公式政党の資格を得る12議席獲得も危ぶまれている。
 これらのデータから多くの批評家は、低支持率にもかかわらずケベック未来連合の過半数を予測する。自由党はアングロフォンとアロフォンに支持されており、その動向はケベック未来連合の過半数をおびやかさない。同党の過半数を阻むものがあるとすれば、伝統的にフランコフォンに支持されてきたケベック党の、終盤での追い上げである。
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カナダ人の過半数が「寄宿学校問題は行きすぎ」 [先住民]

 アンガス・リード社が8月21日から24日にかけて、1500人の成人カナダ人を対象に実施したオンライン世論調査は、先住民の寄宿学校にまつわる謝罪や、マクドナルド首相像の撤去は行きすぎていると、国民の過半数が考えていることを示した。
 「寄宿学校問題は無視できない」と回答したのが31%に対し、「寄宿学校にまつわる謝罪にあまりにも多くの時間を使いすぎており、そろそろ終わらせるべきだ」と回答したのは57%という結果となった。2015年総選挙で与党自由党に投票した回答者ですら、前者40%に対し後者50%と、後者が上回っている。保守党投票者ではより顕著に、前者10%に対し後者は84%だった。新民主党投票者では、前者51%に対し後者40%と、前者の方が多くなっていた。年代別に見ると、高齢層ほど反対が多くなる傾向があり、18~34歳では前者41%・後者41%に対し、55歳以上では前者24%・後者69%だった。

 マクドナルド首相像がビクトリア市役所から撤去された措置については、「賛成」が25%、「反対」が55%、「わからない」が20%だった。地域別に見ると、西部は賛成が少なく反対が多い傾向があり、その最たるものはサスカチュワン州の賛成11%・反対81%だった。逆に最も賛成が多く反対が少なかったのはケベック州で、賛成31%・反対38%だった。カナダの全ての州で、反対は賛成を上回った。
 「マクドナルド首相の名と業績は公共の場から消されるべきでない」という設問には、賛成が70%、反対が11%という結果となった。
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CBC、ムーア議員のセクハラ報道を謝罪 [新民主党]

 カナダ放送協会(CBC)は8月30日、新民主党のクリスティン・ムーア議員に関するセクハラ疑惑報道について、報道基準を満たしていなかったとして謝罪した。
 ムーア議員は5月、不適切な関係を迫られたと退役軍人のグレン・カークランド氏に訴えられた。CBCは彼女に、疑惑について説明するよう要求し、彼女から時間が欲しいと言われたが、十分な時間を与えなかった。CBCキャスターは、与えるべきだったと認めた。
 ムーア議員はメディアに対し、CBCの謝罪に満足しており、訴訟を起こす計画はとりやめるが、疑惑を報じたトロント・スター紙とナショナル・ポスト紙への訴訟については、まだ検討していると語った。
 新民主党のシン党首は、謝罪は適切だと語った。
「私はクリスティンに、全面的な信頼を置いている。そして彼女が幹部会に復帰した今、私は彼女とともに働くため、前を向いて行く。」
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保守党党大会、右旋回が明確に [保守党]

 8月23日から25日までノバスコシア州ハリファックスで開催された保守党党大会は、初めてハーパー前党首以外の党首を据え、彼が長年抑えつけてきた保守的政策の復活が目立った。
 第一の問題は、カナダと何の縁もない人が市民権目的でカナダで出産する、いわゆる「出産旅行」「パスポート・ベビー」を認めず、市民権を与えないと綱領に明記することである。具体的には、以下のように明記された。
「カナダで産まれる子の両親の一方がカナダ市民ないし永住者でない限り、カナダで出生することで得られた市民権を完全に剥奪する法律を制定するよう、我々は政府に働きかける。」
 採決に先立ちアリス・ウォン下院議員(中国系)は、「パスポート・ベビー」は「我々」のリソースを奪い、カナダの母親たちを危険にすると演説した。
 ディーパク・オブレイ下院議員(タンザニア系)は、現状維持を訴えた。
「これは、平等に関する基本的な問題だ。カナダで生まれた人は、法律によりカナダ人である権利がある。我々は、誰がカナダ人になり、また誰がカナダ人にならないかを選ぶことはできない。我々は世界中で、政府が好ましくないと思う人々から市民権を剥奪するのを見た。」
 アムネスティ・インターナショナル・カナダのアレックス・ネーブ事務局長は、懐疑的見解を述べた。
「市民権法の改正を正当化する、いわゆる『出産旅行』問題にカナダが直面しているという話には、根拠がない。」
 ケベックの弁護士は、この問題は、実証されてもいない噂レベルの話について過剰に取り組むことであり、無国籍の子供たちを生むことになると警告した。
 フッセン移民大臣の広報マチュー・ジュネ氏は、決定を批判した。
「これは、カナダを我が家としていた人々の市民権を剥奪しようとする、ハーパー政権によって敷かれた道に保守党が戻るのを見る恥である。」
 彼は、カナダに入国するとき妊娠しているかどうかは調査されないと指摘した。

 第二の問題は、妊娠中絶非合法化の提案が僅差で採択されなかったことである。綱領の第65条にある、保守党政権は妊娠中絶を管理するための法律制定を支持しないという規定を削除する提案は、47%対53%で否決された。だが党内右派「キャンペーン・ライフ連合」のジャック・フォンセカ氏は、「社会保守主義には勢いがある」と語った。
「次の党大会を見るがい。我々には、第65条が最終的に削除されるという確信がある。そして我々はさらに、生命・家族・信仰そして自由に関しより多くの条項を加えるだろう。」
「我々は2019年総選挙のため、より多くの妊娠中絶反対派の保守党候補を擁立し、当選させるために活動している。」

 第三の問題は、過去の政治家に対する評価、特に初代首相マクドナルドへの批判が高まり、像を撤去する運動が過熱していることについて、シーア党首が批判的に語ったことである。
「我々が、カナダ初の首相であり、連邦結成の父であり、この国をそう実現することを可能にしたビジョンを持った人物を輩出した党であることを、誇りに思う。」
「我が国の誇るべき歴史を抹消しようとする過激な活動を許していることこそ、不名誉であると私は思う。」
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ベルニエ新党、自由党を利するだけ [保守党]

 多くのカナダ人が、保守分裂を覚えている。進歩保守党があまりにケベックを優遇し中西部をないがしろにしたという理由で、改革党が1987年に結成された。また進歩保守党がミーチレイク協定をまとめられなかったという理由で、ルシエン・ブシャールが離党し1990年ケベック連合を結成した。前者は進歩保守党の中西部の地盤を奪い、後者はケベックの地盤を奪った。換言すれば、両者は本拠地以外での議席獲得は困難だったが、特定地域で票を集中的に獲得できたため、1993年総選挙でどちらも50議席以上獲得できた。
 マクシム・ベルニエ元外務大臣が保守党を離党し、新党結成に動くというニュースは、関係者に多少の衝撃を与えた。彼は338の全選挙区に候補を立てるというが、資金や組織力はあるのだろうか。ストックウェル・デイ元国際貿易大臣は、ベルニエ氏に追随して離党する人はほとんどいないと予測したにもかかわらず、その影響力を懸念する。
「問題は、自由党政権を維持するのに半分(の離党者)は必要ではないことだ。多くの選挙区で、わずか2・3%獲ればいいだけだ。ジャスティン・トルドーは得票率約39%で、2015年総選挙で過半数を獲った。」
「保守党は、支持率も高く、基金調達も好調で、私はこの党大会が党の歴史上最も多い参加者だったと思っている。だが票を割るなら、トルドー氏の立場は強固なものになるだろう。」

 2017年党首選でベルニエ氏は巨額の資金を集め、49%もの票を獲得した。自分の地盤であるケベックからも、党の根拠地であるアルバータからも票を集め、リバタリアン的経済政策を掲げたが、レッドトーリー(保守党左派)からも票を集めた。彼は幅広い支持を集めているようだが、特定地域で集中的に支持されているわけではないので、票を分散させるリスクがある。緑の党は全国で、2004年に得票率4.3%、2006年に4.5%、2008年に6.8%、2011年に3.9%獲得したが、票の分散のため1議席も獲れなかった。
 最近の政党支持率調査では、与党自由党と保守党は拮抗しているものの、今総選挙が実施されたら自由党が過半数を獲る確率は、48%と算出されている。
 ここで仮にベルニエ新党の得票率を2%とすると、連邦議会で影響力を持つほどの議席獲得はできないが、自由党が過半数を獲る確率は65%にはね上がる。ベルニエ新党の得票率が5%なら、自由党過半数は81%である。ベルニエ新党の「保守党に与える影響力」は、壊滅的に大きい。

 スティーブン・フレッチャー元運輸大臣は、2015年の連邦議会選挙に落選し、現在はマニトバ州の州議だが、次の連邦議会選挙に立候補することを保守党に阻止された。彼は、保守党内にベルニエ氏のシンパは少なからずいると予測する。
「党員の半分は、マクシムの主義主張を支持する。そして残りの半分は、アンドリュー(シーア党首)について行く。そこで問題になるだろう。」
「アンドリューは、選挙区で私が保守党の予備選に立候補するのを妨害した。党員の意思が完全に無視される問題が、国中至るところにある。候補擁立は公開されたものでなく、密室で決められている。候補者は、党中央の要請でパラシュート降下しているのだ。」
 彼は、シーア党首は責任を取らなければならないと語った。
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保守党のベルニエ議員、新党結成へ [保守党]

 保守党は今ハリファックスで党大会を開催しているが、マクシム・ベルニエ議員(元外務大臣)は8月23日、離党して新党を結成すると発表した。
「私はこの1年、この党はあまりに堕落しており、知的にまた道徳的に改善は不可能だと悟った。」
「実際のところ、議員たちの多くが供給管理システムに反対していることを私は知っている。だが国民の利益を守るより、選挙区で票を買うことの方が重要なのだ。」
「党はその基軸となるべき保守的な原則を放棄し、票のために有権者と利益団体に膝を屈した。」
 「ケベックから来たアルバータ人」と呼ばれた彼は、酪農が盛んなケベック出身であるにもかかわらず、酪農供給管理システムの撤廃を主張する。彼はまた、自由党政権がアメリカに報復関税を課し、シーア党首がこれを支持したことを批判した。
「私は貿易戦争に反対し、カナダの消費者のために働く唯一の議員である。」
 彼は9日前にシーア党首と会談し、離党を決意したと明かした。
 彼の地元ケベック州ボース選挙区の保守党支部は、1人を除く役員全員が同日に辞任した。うち一人は彼の父で、進歩保守党議員だったジル・ベルニエ氏である。彼らは新党に移籍するという。シャルル・ラフラム支部長は「我々は、党のためというよりマキシムのためにそこにいた」と語った。

 シーア党首は、ハリファックスでインタビューに応じた。
「マクシムは今日、決断した。彼は今日、ジャスティン・トルドー氏を助けることに決めた。」
「私は常に、彼に個人的野心は脇に置いて、全ての保守派が終結できる共通項に集中するよう要求してきた。だが彼は一度も、彼が訴えている問題について、私や私のスタッフのところに言いに来なかった。」
 ハーパー前首相は、ツイッターでこう述べた。
「マックスが党首選の結果を受け容れず、保守党を分断しようとしていることは明らかだ。彼の今日の決定は、カナダ保守党が党首のもとに団結し、前進するのを助ける。」
 トッド・ドハーティ議員は、ベルニエ議員を厳しく非難した。
「あなたには、幹部会で意見を述べる機会はいくらでもあった。機会があったとき、あなたは黙っていたか、周りの人々を非難した。あなたは、ツイッターでは威勢のいいことを言う。吠えてばかりで、噛みつくことはない。恥を知れ。」

 ベルニエ議員は2017年5月、党首選で圧倒的な本命に推されていたにもかかわらず、若く閣僚経験もないシーア氏に僅差で敗れた。それは、供給管理システムの緩和ではなく即時撤廃、政府の健康保険からの撤退など、あまりに急進的な主張が敬遠され、脱落した候補たちが次善の選択としてシーア氏を支持したからにほかならない。だが彼は、その結果を受け容れられなかったようだ。彼は本を出版するつもりで、その内容の一部を2018年4月にウェブ上で公開した。そこには、供給管理システムを維持する目的で、党首選に投票するためだけに入党した「偽の保守派」に担がれてシーアが勝ったと書かれていた。カナダの政党は、入党するのに資格は問わないし、党首選前に入党者が増えるのはよくあることである。ベルニエ議員の発言は、党員と党首を侮辱するものであった。
 かなり多くの議員たちが憤り、彼の除名を訴えたが、シーア党首は彼を影の内閣から外したものの、除名はしなかった。保守党の弱いケベックで確実に勝てる貴重な人物であることと、党は多様な意見を尊重し、内部抗争していないというイメージを守りたかったからだった。

 こうして辛くも除名を免れた彼は、8月15日に新たな舌禍事件をひき起こす。
「カナダは、自由党の極端な多文化主義の下にある。我が国の創設者の像が一つの街で撤去されるとき、M-103号動議の提案者である自由党議員が出席する中、一つの公園の名がパキスタン創設者の名に最近改められた。パキスタンのインドからの独立は、100万人の死につながった。」
 なお「我が国の創設者」とはジョン・マクドナルド初代首相のことで、「M-103号動議の提案者」とはパキスタン系のイクラ・カリッド議員のこと、「パキスタン創設者」とはムハンマド・アリー・ジンナー初代総督のことで、彼の名を冠した公園はウィニペグにあるものである。
 この発言もまた、多くの人々の反発を買った。タンザニア系のディーパク・オブレイ議員は、彼の発言から距離を置いた。
「ベルニエ氏はただ、自分が言いたいことを言っただけだ。それは、彼の意見だ。」
 党首選で彼を支持したトニー・クレメント議員は、今の彼は自分がかつて支持した人とは別人だと述べた。
「マックスはいずれ、自分が天に向かって腹を立てていることに気づくだろう。」
 シーア党首はこのときも除名を拒否したが、彼の発言を冷たく突き放した。
「マクシム・ベルニエ氏は党内で公的な役職に就いてなく、いかなる問題についてもカナダ保守党の意見を代弁するものではない。個人的には、右だろうと左だろうと、国民を分断するアイデンティティ・ポリティックを使う政治家には、同意しない。私は、この種の政治に関わることはない。」
「保守党はカナダの多様性を祝福する。そして保守党政権は、この国に来ることを選ぶ世界中の人々を歓迎し続ける。我々が建設した社会なのだから。」
 ジェームズ・ベザン議員は、謝罪を要求した。
「マックスはお粗末な判断を下し続けて、議員たちと絶えず争っている。」
 ベルニエ議員が「移民を制限すべきだ」と発言したことも、移民問題担当のミシェル・レンペル議員に何の相談もなかった。前日の22日には、ついに彼女から「アンドリュー・シーアとジャスティン・トルドーの、どちらに勝ってほしいのか決めるべきだ」という最後通牒を送られた。

 ベルニエ議員の離党と新党結成は、入念に練られたものではなく、党内で多くのもめごとを起こし居場所を失ったすえのことのようだ。彼は離党しても自分の選挙区で当選はできるだろうが、「338の全選挙区に候補を立てる」と言うその候補は誰一人として擁立できていない。党のマニフェストも発表されてなく、保守党との違いを訴えることも難しい。おそらくは、経済的には自由放任主義のリバタリアンで、社会的には移民制限・伝統主義を訴えるのだろう。彼はリバタリアン党から入党するよう誘われたが、断っている。
 ベルニエ議員について印象深いのは、暴力団関係者の女性と交際し、その自宅に機密文書を置き忘れて外務大臣を辞任したことである。カナダ人の多くはまだ、彼の軽率なイメージを忘れてはいない。


※供給管理システムについては以下を参照。
https://canadianhistor.blog.so-net.ne.jp/2012-07-01
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ビクトリア市役所のマクドナルド像を撤去 [先住民]

 カナダでは今、先住民を不当に扱った歴史上の人物について再評価を迫り、銅像を撤去する運動が広がっている。ビクトリア市議会は8月9日、市役所のジョン・A・マクドナルド像を撤去する動議を採択した。市役所は11日、像を撤去した。
 マクドナルドは「連邦結成の父」としてカナダ建国に尽力し、今も10ドル札の肖像に描かれている。彼は初代首相として、中国人に人頭税を課し「野蛮で劣った人種」と評した。インディアン法を制定し、寄宿学校を設立したのも彼の政権である。非常に多くの先住民の子供たちが親元から引き離され、カトリックの寄宿学校に入れられ、母国語を禁止されたり、性的虐待を受けたりした。学校で死亡した児童や、脱走して遭難死した児童もいる。ビクトリア市議会は、マクドナルドを「先住民に対する暴力の主導者」と認定した。
 なお彼は1878年から82年まで、ビクトリア選挙区の下院議員を務めている。彼はオンタリオ出身だが、カナダ太平洋鉄道建設をめぐる収賄事件「太平洋スキャンダル」で首相を辞任し、地元での当選が困難なため、保守党の強い選挙区に落下傘降下した。だが彼は、一度もビクトリア選挙区に来ていない。
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 像を撤去された跡には、新たに記念碑が設置された。そこにはこう刻まれている。
「和解プログラムが進展するよう、そして適切な方法でマクドナルドが再評価されるよう、我々は人々に伝え続ける。」
 撤去当日は市役所前に市民が集まり、賛同あるいは抗議の意思を表示した。抗議する人たちはカナダの国歌を歌った。バンクーバーから来たマシュー・ブリーデン氏は、遺憾の意を述べた。
「これは我々の歴史の一部である。まるで、体を切り裂かれ臓腑を引きずり出されたように感じる。」
「議員たちはただこれを推し進め、市民は発言を許されなかった。」
 リューベン・ローズ=レッドウッド氏は、「我々は歴史を抹消するのではない、創るのだ」というプラカードを掲げて支持を表明した。
「マクドナルドは・・・この国で先住民の文化的ジェノサイドを煽動した寄宿学校を設立した主要な一人である。文化的ジェノサイドに名誉はない。そして今こそ銅像が撤去されるべき時であると言うために、我々はここにいる。」
 リサ・ヘルプス市長は、次のように説明した。
「議論と熟考の1年であった。そして我々は、和解には多くの年月が必要だと気づいた。」
「我々は和解の時代にいる。そして、誰も何も抹消していない。しかし我々は、歴史の複雑さを理解しなければならない。そして、それこそがこのプロセスの意義である。」
 エスカイモルト族団体のケイティ・フーパー理事は、市長に手紙を送り賛同を表明した。
「この像を撤去することは、市の和解プロセスにおける重要なステップであり、そして差別と抑圧に終止符を打ち前に進んで行く象徴である。」
 ジオフ・ヤング市議は、市議会の決定に異議を唱えた。
「実際のところ、全ての我々の歴史的指導者たちは、今日我々が不快に思う意見を表明しただろう。それらの指導者たちの間で、私は今日も市議を務める。我々は、将来不快に思われるかもしれない政策を承認しただろうか?」
 ジョン・A・マクドナルド歴史協会のマイケル・フランシス理事は、次のように述べた。
「我々は、かつての指導者が犯した誤ちから学ぶことができる。歴史を見失ってはならない。」
「人の強さと弱さを記録した適切な銘板とともに、像を適切な場所に設置することは、単に撤去するより、はるかに有益かもしれない。」
 キャサリン・マッケナ環境大臣は、カナダ史跡委員会に対し歴史に関する異議申し立ての方法について検討するよう要請した。
「我々の歴史に関して人々が懸念を表明するための思慮深い方法を探るよう、私は命じたが、歴史を抹消することは誰にもできない。」38963598_10156314587565272_5306524990055645184_n.jpg
「良かれ悪しかれ、我々の歴史を認めることが重要だと個人的に考えている。我々は歴史を語ることによって、我々はもっとうまくやれると認識することになるのだから。」
 彼女は、論争の的となっている人物像の隣に別の像や記念碑を設置することを提案した。この提案は、像の撤去は「復讐の平手打ち」で逆効果となると提言した「真実と和解委員会」のマレー・シンクレア前議長を踏襲するものである。

 13日には、ウェスト・エドモントン・モールの菓子店に展示されていたインディアンの像が、客からのクレームで撤去された。


写真上:プラカードを掲げるリューベン・ローズ=レッドウッド氏。
写真下:撤去されたインディアン像。
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ケベック未来連合、政権奪取か [ケベック]

 ケベック州議会総選挙は、10月1日までに実施される。
 CBCは今月世論調査を行い、政党支持率をケベック未来連合34.8%、ケベック自由党29.7%、ケベック党17.0%、ケベック連帯10.7%、その他7.8%と発表した。ここから導き出される予想獲得議席は、ケベック未来連合72(65~85)議席、ケベック自由党39(27~53)議席、ケベック党9(1~25)議席、ケベック連帯5(2~10)議席(定数125、括弧内は最小と最大議席)となり、ケベック未来連合が過半数を獲得する可能性が非常に高いことがわかった。
 ケベック未来連合は、2017年秋から与党自由党をリードし続けている。州全体での、ケベック未来連合の自由党に対するリードはわずか5%だが、フランコフォン有権者での支持率はケベック未来連合40.2%、自由党22.0%、ケベック党19.5%となり、18ポイントもリードしている。フランコフォン有権者が圧倒的に多いことから、政治評論家のエリック・グルニエ氏は、ケベック未来連合の勝率を96%と測定した。非フランコフォン有権者での支持率は、自由党が68.3%と圧倒的に強く、ケベック未来連合の10.2%を大きく引き離している。
 かつての二大政党で、フランコフォン有権者に圧倒的に支持されていたケベック党は、その支持をケベック未来連合に奪われている。支持率1位の選挙区はわずか4つで、モントリオール島だけで5議席獲得を見込めるケベック連帯を、下回る可能性すらある。
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シン党首、バーナビー・サウスの補選に出馬か [新民主党]

 CBCは8月5日、新民主党のジャグミート・シン党首が、ブリティッシュコロンビア州バーナビー・サウス選挙区の補選に出馬する意向だと報じた。
 そこは現在、新民主党のケネディ・スチュワート議員が保有しているが、彼はバンクーバー市長選に出馬するため、辞職する意向を明らかにしている。
 バーナビー・サウス選挙区は2015年に創設されたが、バーナビー市南部の選挙区は2004年以降はずっと新民主党候補が当選し続けている。
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