So-net無料ブログ作成
ケベック ブログトップ
前の20件 | -

ケベック連合離党の2議員、復党か [ケベック]

 ケベック連合のウェレ党首が辞任を表明したため、離党した7名の議員のうち、ミシェル・ブードリア議員とシモン・マルシル議員の2名が復党を検討している。
 独立を求めずケベックの利益を求める新党「たちあがれケベック」の旗揚げを準備しているレアル・フォルタン議員は、ケベック連合は独立を綱領の第一にして中心とする動議を採択したことから、自分たちには復党する意志はないと、6月6日に語った。
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:地域

ウェレ党首、辞任を表明 [ケベック]

dims.jpg ケベック連合の信任投票で不信任されたマルティーヌ・ウェレ党首は、6月4日に記者会見を行い、11日付で党首を辞任すると発表した。また彼女は現在ケベック州議を務めているが、10月1日までに実施される州議会総選挙に立候補を予定していないと述べた。
 ウェレ党首は30分の会見を、涙を拭いながら語った。会見の半分以上は、彼女に辞任を公然と要求したデュセップ前党首と、信任投票に当たり彼女を「激しく中傷」したボリュー元党首への非難に費やされた。そして不信任された理由を、自分が独立派の女性だからとし、男性でもっと無能なリーダーはいたが自分ほど非難はされなかったと述べた。
「ケベック独立実現への主な障害は、独立運動の内部から来る。それは普通ではない。独立運動は病んでいる。内側の小さな争いに費やされる全てのエネルギーがケベック独立に向けられたなら、すでに達成されていただろう。」
 ケベック連合を離党し、新党「たちあがれケベック」旗揚げを準備しているレアル・フォルタン代表幹事は、ウェレ党首辞任に対し5日に「対応」すると語った。
「今日はウェレ氏の日だ。」
 同じく離党して新会派に参加したミシェル・ブードリア議員は、新党結成するのかそれともケベック連合に復帰するのかを、明確にしなかった。
「最終的な再統合に関する話し合いにのぞみ、好ましい空気を作ることが重要だ。次に何が起きるか保証はできないが、私は己の本分を成すつもりだ。」

 パイプライン問題は、今や国民的関心事となっている。そして、中西部の石油資源を送るパイプラインがケベックを通る計画を、独立派は独立を訴える絶好の好機と見ている。
 総選挙が遅くとも来年までに実施されるにあたり、革新政党であるケベック連合と新民主党は、反対派の票を巡り熾烈な争奪戦を繰り広げている。離党騒ぎに先立ち、昨年末に実施された政党支持率調査では、ケベック連合は保守党と並び、新民主党より6ポイントリードしていた。2011年総選挙ではケベックで旋風を巻き起こした新民主党は、頭にターバンを巻いたシーク教徒が党首になり、支持を拡大できずにいる。ケベック連合は、パイプライン計画を党勢建て直しのための追い風と見て、リーダーシップ問題に終止符を打ち、より強い大胆なスタンスを示しておきたいところである。
 保守党はケベックでの支持率が伸び悩んでおり、支持拡大のためパイプライン問題に乗じ、ケベックにおける反対の声に一定の理解を示すようになった。だが保守党の支持基盤は中西部にあるため、反対派に完全に迎合することはできず、ジレンマに悩まされている。与党自由党と野党保守党がパイプライン計画を推進するなら、それは瀕死のケベック連合にとっては天の恵みとなろう。
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:地域

ケベック連合、ウェレ党首を不信任 [ケベック]

 ケベック連合は6月1日と2日、マルティーヌ・ウェレ党首の信任投票を行い、信任32%・不信任67%で不信任したと3日に発表した。投票率は59%で、1万4500人の党員が電話とインターネットで投票した。
 いっぽう、同時に行われた「ケベック連合は独立を第一にして中心たる綱領とすべきか」という方針の信任投票は、65%の支持を得た。
 党則では50%を超える信任があれば党首は留任できるが、一般に留任には80%以上の信任が必要と考えられている。ウェレ党首はこの日はコメントせず、4日に記者会見を行うが、そこで辞任するものと見られる。
 彼女は連邦議会に議席がなく、ケベック党を離党して現在は無所属のケベック州議を務めている。彼女の居場所は、もうこの党にはないだろう。彼女は就任後わずか1年3か月で、総選挙を一度も戦うことなく辞任し、おそらく離党するだろう。
 ウェレ党首のリーダーシップに異を唱え、7人もの議員が2月に離党し、新党「たちあがれケベック(Québec Debout)」を旗揚げした。わずか3人になった議員のうち、ウェレ党首を信任したのは2人で、元党首のマリオ・ボリュー議員は不信任した。青年部も支持を取り下げた。

 ウェレ党首側近のジルベール・パケット氏は、ウェレ党首の方針は信任されたにもかかわらず彼女自身が信任されなかったのは矛盾だと述べ、7人が離党する前は党支持率が30%あった事実を指摘し、その事件が投票に影響したと述べた。
 ウェレ党首を支持したマリレーヌ・ジル議員は、党首不信任は残念だが、独立路線が支持されたのは良かったと語った。
「それは綱領の第1条である。私がそう言うのはこれで4度目だ。人々が望むのは、独立の推進だということが明確になった。」
 ウェレ党首に辞任を要求してきたジル・デュセップ前党首は、10月に実施される州議会選挙の後、党首選を行うべきだと提案した。
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:地域

ケベック連合離党の7人、新党結成へ [ケベック]

 2月にケベック連合を離党し新会派を結成した議員7人は、5月1日の記者会見で、次の総選挙に間に合うように新党を結成すると発表した。新党はケベックの利益のためだけに働き、自由党・新民主党・保守党と適宜に連携するという。
 レアル・フォルタン議員は、ケベック連合の歩みを振り返りこう述べた。
「この大きい党は、ケベックの利益と文化と野望を、常に力をもって、妥協することなく守ってきた。問題は、ウェレ氏がいることだ。彼女は、ケベック連合の任務の解釈やメンタリティを変えてしまった。我々が心から正しく働くには、ほかのいかなる選択肢もない。我々には、新しい党を結成する以外の選択肢はない。」
 彼らは、たとえウェレ党首が6月の信任投票に敗れ退任しても、新党を結成すると語った。
 ルイ・プラモンドン議員は、ケベック連合の想い出を感傷的に語った。
「ケベック連合は、私の心に強く残っている。私はその結成に加わり、それが多くの努力を必要としたことを覚えている。だが今、私には今日再スタートを切ることがとても美しいように感じられる。ただ今から、ケベック連合は意味を失う。それはもはや存続せず、選挙民にとっても党員にとっても関心事ではなくなる。」
 いっぽうウェレ党首は、7人の行動を批判した。
「7人の脱落者たちがしたことは、我々の力を削ぐ原因を作り、ケベック連合を前進させるのではなく内部の問題に時間を取られるよう仕向けたことだ。」
 ケベック連合は6月1日と2日、ウェレ党首の信任投票を行う。議員はわずか3人となったが、マリオ・ボリュー議員(元党首)はウェレ党首を信任しないと公言している。
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:地域

ケベック連合、党首と党方針について信任投票 [ケベック]

le-coup-de-crayon-du-23-mars.jpg

 ケベック連合は6月1日と2日、マルティーヌ・ウェレ党首のリーダーシップと党の方針に関する信任投票を行う。
 前者の設問は「あなたは、ケベック連合党首マルティーヌ・ウェレへの信頼を取り戻すことに同意しますか?」と単純だが、後者は「ケベック連合は日々の活動において、単に理論上のものではなく、あらゆる集会とあらゆる機会において、支持者や市民やメディアに、そしてオタワの議会で、現在から独立するまで、ケベック連合綱領第1条として、独立の推進者であるべきですか?」と長く複雑なものになっている。
 既報のとおりケベック連合議員7人は、ウェレ党首がケベックの利益を重視せず独立ばかり話題にすることに反発し、離党した。
 結果は、6月3日に発表される。どちらの設問も、投票の50%+1票で決定される。


図:「殉教者ウェレか?」マルティーヌと、殉教者を意味するマルティールをかけている。
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:地域

デュセップ前党首らがウェレ党首に辞任を要求 [ケベック]

 ジル・デュセップ前党首らケベック連合の元議員21人は3月2日、マルティーヌ・ウェレ党首に辞任を要求する公開書簡を仏語紙「ル・デボワール」に掲載した。そこには、次のように書かれていた。
「我々は、7人の議員が離党した事情を理解する。」
「独立派が団結する必要があるとき、マルティーヌ・ウェレは分断した。彼女は辞めなければならない。」
 いっぽうケベック連合本部は翌3日に臨時会議を召集し、ウェレ党首を支援することを決定した。彼女は記者会見で、こう述べた。
「独立主義者の党であるケベック連合のリーダーとして、私があまりに多く独立について語るなどと、彼らはどうやって言えるのか。私にはわからない。」
 彼女は、辞任の噂をきっぱりと否定した。さらに、彼女が党に9万5000ドルの給与を要求したという情報をリークした件で、離党した議員たちを非難した。
 そして注目された除名処分だが、実施せず、議員たちの党員資格を残し、戻って来るよう呼びかけることとした。彼女は「ドアは開いたままになっている」と述べた。
 ウェレ党首の記者会見を受けて、ケベック議会派議員たちは「何も変わらなかった」という声明を発表した。
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:地域

ケベック連合議員7人が離党 [ケベック]

 ケベック連合(10議席)の議員7人が2月28日、マルティーヌ・ウェレ党首に造反し、離党して新会派を結成した。
 新会派「ケベック議会派」(Groupe parlementaire québécois/Quebec parliamentary group)に移籍したのは、レアル・フォルタン議員(前暫定党首)、ガブリエル・サン=マリー議員(前下院幹事長)、ルイ・プラモンドン議員(元下院幹事長)、リュック・テリオー議員、ミシェル・ブドリア議員、シモン・マルシル議員、モニク・ポーズ議員の7人。残ったのはマリオ・ボリュー議員(党代表・元党首)、ザビエル・バルサル=デュバル議員、マリレーヌ・ジル議員の3人。これにより下院勢力は、自由党183、保守党97、新民主党44、ケベック議会派7、ケベック連合3、緑の党1、無所属2、欠員1(定数338)となった。
 1984年に進歩保守党議員としてそのキャリアを始め、1990年のケベック連合旗揚げに参加し、ケベック連合議員として28年間務めた最古参のプラモンドン議員は、次のように述べた。
「私はケベック連合で多くの危機を見てきたが、これは間違いなく最も深刻なものだ。」
 彼は、自分たち7人はまだケベック独立を信じていると述べたが、分裂の事情についてこう説明した。
「ウェレ党首はあらゆる機会において、独立を語りたいし、我々にも語って欲しがっている。」
 いっぽうウェレ党首は、党はケベック共和国実現のために戦い続けると語った。
「ケベックの利益を擁護する最善の方法は、独立の向こう側にある。」
「『私たちが独立国だったらもっと多くのことが良くなるのに、今はカナダの枠に捕われているからできない』と言う人が、非常に多い。」

 ケベック連合はもともと、ケベック独立を期して結成された。それから28年が経ち、独立はいまだ実現していないが、それでも結党から21年間ケベックの最大勢力でいられたのは、ジル・デュセップ元党首がケベックの利益のために働いたからだ。ケベック連合には歴史的に、あくまでも独立を志向するハードコア独立派と、ケベックの利益を優先するソフトな民族主義者の間に対立があった。だが、初めて挑んだ1993年総選挙でいきなり野党第一党に躍り出たのは遠い昔のこと、2011年総選挙にはわずか4議席の泡沫政党に転落し、それどころではなくなった。2015年総選挙では苦戦を伝えられたが、ニカブ論争の追い風に乗じ10議席を獲得。しかし2017年3月、ケベック州議で連邦議会に議席を持たないウェレ氏が党首に就任すると、独立路線を邁進する彼女と議員たちとの間に再び路線対立が始まった。
 彼女の側近ルイ=フィリップ・デュボワ氏が6月、フォルタン議員の悪評をリークしニュースになると、議員たちは一斉に反発した。彼女はデュボア氏を解任し謝罪したが、議員たちはリークは彼女の指示によるものと疑った。
 党役員会はウェレ党首に、連邦議会の議席がなく議院活動の実態がないのに9万5000ドルの給与を支払い、そのうえ州議(無所属)でもあるので20万ドルの手当ても支払うことを決定した。
 ウェレ党首は役員会を召集し、ケベック連合はソフト路線ではなく独立を強調すべきだ、また党首就任以来議員たちが自分に従ってくれないと演説した。だがフォルタン議員は「役員会を召集し、自分は犠牲者だと訴える。そのような演説はリーダーがするものではない」と厳しく批判した。他の議員たちもウェレ党首への不満を公言し、議会での質問をボイコット(ウェレ党首は質問できない)した。
 2月26日、ガブリエル・サン=マリー下院幹事長がついに辞任。2日後には議員たちの大量離党に至った。

 2011年総選挙とは異なり、ケベック連合の票が分散するなら、その最大の受益者は自由党だ。
 CBCによる2月27日の世論調査によると、ケベックでのケベック連合支持率は17.2%で、2015年総選挙の得票率より2ポイント低く、自由党より26ポイント低い。もしも総選挙が今実施されたら、獲得できる議席はわずか3となる。
 ケベック連合が勝利した10選挙区のうち8つで、自由党は2位か強い3位に着けた。自由党がケベックで支持率を上げていることを考慮すると、次の総選挙では、10選挙区の全てを自由党が獲得する見込みが大きい。
 キャンペーン・リサーチ社の世論調査で、ケベック連合支持者のうち、最善の首相は自由党のトルドー党首だと答えた人は15%で、保守党のシーア党首と新民主党のシン党首の4%よりかなり大きい。また、ケベック連合支持者によるトルドー党首支持率も27%で、シーア党首の14%、シン党首の10%を大きく引き離している。
 ケベック連合がかつてケベックで保持していた支持基盤が崩壊したとき、新民主党は2011年総選挙でその大部分を取り込むことに成功したが、宗教的シンボルであるターバンを着用する人物を党首に選んだ時点で、その目論見は潰えた。保守党はケベックに浸透するため、キリスト教を擁護しそれ以外の宗教に冷淡にすることもできるが、ケベック民族主義に近づきすぎると、残りのカナダで支持を失うおそれもある。
 次の総選挙でケベック連合支持者が棄権するなら、すでにリードしている自由党の利益となる。もし彼らが他党に投票しようと思うなら、選ぶのはおそらく自由党だろう。
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:地域

モントリオールの店員はフランス語のみで挨拶する動議採択 [ケベック]

 ケベック州議会は11月30日、ケベック党が提出した、モントリオールの店舗で店員は客にフランス語のみで「ボンジュール」と挨拶するという動議を、111対0で採択した。バイリンガル都市モントリオールでは、英仏二か国語で「ボンジュール・ハイ!」と挨拶するのが長年の慣習となっていた。この動議には、強制力はない。
 ケベック州当局の調査で、モントリオールにおける客への挨拶は、フランス語のみは2010年の89%が2012年には74%に減少し、二か国語は1%から13%に増加していたことが判明した。ケベック党のジャン=フランソワ・リゼ党首は、モントリオールではあまりに多くの店員がフランス語と英語を話しており、フランス語がケベックの公用語であることを再確認する必要があると語った。
 同党のパスカル・ベリューブ院内幹事長も、「ボンジュール」だけが正しいアプローチだと断言した。
「それは我々の起源であり、我々自身であることだ。そして我々自身であることとは、アングロフォン・コミュニティを含むフランコフォン都市であることだ。」
「最初に言うべきことは『ボンジュール』である。それは敬意である。」
 ケベック党が最初に提出した原案では、「ボンジュール・ハイ」を「いらつかせる」と定義していたが、フィリップ・クイヤール首相は、そのような表現は「アングロフォンとフランコフォンの対立を煽る」として修正させた。

 だがモントリオールで営業する店主や店員たちの多くは、動議採択に疑問の声を上げた。スポーツ用品店に勤めるサム・モクタールさんは、二か国語の挨拶はモントリオールの誇りであると考えている。
「世界に向けて歓迎の意を表すため、バイリンガルであることは商売にも、モントリオールの評判のためにもよいことだ。このあたりでは、みんな同意するだろう。」
「政治は、ここでは機能しない。」
 モントリオールで喫茶店を経営するカラム・ゲブランさんは、フランス語のみの挨拶は、英語しか話せないという合図を客に送ることになると懸念した。モントリオールとポワント=クレールで店を持つキャロライン・ハーパーさんも、二か国語の挨拶はどちらの言語ででも対応可能だという合図を送っていると指摘した。
「人々を歓迎するためにあらゆる手立てを講じないなら、特に観光地では、客を逃すことになる。」
 またかなり多くの小売業者が、モントリオールの人々は英語とフランス語に限らず多様な言語を話していると語った。
 モクタールさんは、アラビア語とギリシア語を話す。モントリオールで土産物店に勤めるマリヤ・サダトさんは、アフガニスタン出身だが、店で「ボンジュール」「ハイ」のほか、ペルシャ語・スペイン語・ウルドゥー語などを使う。
「私には、その問題が理解できない。カナダは多文化・多言語の国だ。」
「私はお客さんに、カナダで楽しい思い出だけを抱いて帰ってほしいだけだ。」
 ダウンタウンの駅でキオスクを経営するリュードミラ・ズーバさんは、個人的にはフランス語のみの挨拶を好むと語った。
「私に向かって『ボンジュール・ハイ』と言うのは、重複していてちょっとばかにしたように聞こえる。」
 彼女はまた、政治家はこのような問題ではなく、都市再開発のため彼女の店を閉めようとしているが、中小商工業者が営業を続けられるよう配慮することの方が重要ではないかと述べた。
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:地域

「ケベック連帯」と「国民の選択」、合併に合意 [ケベック]

quebec-solidaire-option-nationale-merger.jpg

 「ケベック連帯」のガブリエル・ナドー=デュボア共同代表とマノン・マッセ共同代表、および「国民の選択」のソル・ザネッティ党首は10月5日、共同記者会見を行い、両党合併に合意したと発表した。両党は12月の党大会で、承認を求める。
 ナドー=デュボア共同代表は「これは独立に向けた大きな一歩だ」と語った。
 ケベック連帯は、ケベックの左翼勢力とフェミニズム団体が合併して2006年に結成された、独立派の政党である。国民の選択は、ケベック党が独立に邁進していないと見たジャン=マルタン・オーサンによって、2011年に結成された独立派の政党である。州議会でケベック連帯は現在3議席、国民の選択は議席を獲ったことはない。
 国民の選択は、初めて挑んだ2012年州議会選挙で得票率わずか1.9%に終わり、議席を獲得できなかった。2014年州議会選挙では、得票率は0.7%にまで低落した。2016年に実施された7つの補選でも、得票率は1%を超えることはなく、2017年10月2日のルイ=エベールの補選では、国民の選択の候補は投票率わずか0.26%で、10人中9位の惨敗を喫した。今では同党は、世論調査の選択肢に含まれることもなくなった。
 ケベック連帯は、2008年に1議席(得票率3.8%)、2012年に2議席(6.0%)、2014年に3議席(7.6%)を獲得するなど、モントリオール島で支持されている。最近の世論調査では、支持率が12~18%にも達し、モントリオール島で数議席の獲得が確実に見込まれている。もしも国民の選択の票が全部ケベック連帯に入っていたら、2012年州議会選挙でもう5議席、2014年州議会選挙でもう2議席獲得できたことになる。
 ケベック党のジャン=フランソワ・リゼ党首は、国民の選択が得票率1%以下の泡沫政党である点を強調し、合併は大した影響はないと語った。ケベック連帯は今年初め、ケベック党と提携しないことを決定していた。


写真:左からガブリエル・ナドー=デュボア共同代表、ソル・ザネッティ党首、マノン・マッセ共同代表。
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:地域

ケベック連合党首にウェレ [ケベック]

 ケベック連合(BQ)の次期党首に、マルティーヌ・ウェレ州議(47歳)が就任することが確実となった。
 ケベック連合は2015年の連邦議会選挙で敗北し、ジル・デュセップ党首(当時)は自身も落選したため辞任した。党首選が今年3月に実施される予定になっていたが、14日の締切までに立候補者がウェレ氏一人しかいなかったため、無投票での当選が決まった。立候補を表明していた教師のフェリ・ピネル氏は、必要な数の推薦人を集めることができず、断念した。彼女は18日、正式に党首に就任する。
 党首就任が確実になると、彼女はケベック州会議事堂で語った。
「ケベック連合は(絶滅した)恐竜ではなく、不死鳥である。」
 彼女はマギル大学で機械工学を学び、ケベック電力公社で技師として勤めた。10代のころからケベック党(PQ)員として活動し、ポリーヌ・マロワ党首に見出され、2010年州議会補選に当選して政界に入った。そしてケベック党が2012年に政権を奪回すると、マロワ首相は彼女を天然資源大臣に任命した。
 ケベック党が2014年に政権を失い、マロワ党首が辞任すると、翌年党首選が実施され、ウェレ氏は立候補したがペラドー氏に敗れた。ペラドー党首も2016年に辞任し、再び党首選が実施され、彼女は再度立候補したが、リゼ氏に敗れた。
 ウェレ氏は今後、ケベック党幹部会を離脱し、無所属のケベック州議として任期いっぱいまで務め、同時に連邦議会に議席を持つケベック連合党首として二足の草鞋を履くことになる。当面は月曜は連邦議会のあるオタワで過ごし、火曜から木曜までは州議会のあるケベック市に滞在し、金曜から日曜まではバション選挙区で過ごすという。ケベック未来連合のフランソワ・ルゴー党首は、ウェレ氏は連邦政党党首か地方議会の議員か、どちらかに決めるべきだと語った。
le-coup-de-crayon-du-6-fevrier-2017.jpg

 彼女がケベック党党首選に出馬したとき、ケベック党政権が成立したら1期目で独立を問う住民投票を行うと公約した。だが当選したリゼ現党首は、ケベック党政権になっても2022年まで住民投票は行わないと公約しており、ウェレ次期党首はリゼ党首の意向を尊重すると語った。
 ウェレ氏は独立に前向きだが、環境問題にも熱心である。彼女はその点において、ケベック在住アングロフォンから支持を得られると期待している。
「ケベックが、地球温暖化とポスト京都議定書の世界的リーダーになりえることに、大多数のアングロフォンが同意すると私は考えている。だがそうなるためには、我々が独立国である必要がある。」


図:オタワとケベックを股にかけるマルティーヌ・ウェレ次期党首。転落しそうだ。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:地域

ケベック党党首にリゼ [ケベック]

parti-quebecois-leadership20161007.jpg

 10月7日に行われたケベック党党首選で、ジャン=フランソワ・リゼ元国際関係大臣(58歳)が当選した。彼は2回目の投票で、50.6%の票を獲得した。
 アレクサンドル・クルティエ元政府間関係大臣は当初本命視され、世論調査でもトップを走っていたが、エリート主義だと非難され、失速し得票率31.7%と敗れた。マルティーヌ・ウェレ元天然資源大臣は、17.7%に終わった。ポール・サン=ピエール・プラモンドン候補は、1回目の投票で脱落した。
 リゼ候補は、もし首相になっても1期目は独立を問う住民投票を実施しないと公約して、穏健派の反発を避けながら、ブルカ禁止や移民の誘致を減らすなどの政策を訴えた。これらの政策は近年の世論調査を意識したもので、彼の勝利に貢献したが、対立候補や若い有権者からは「分断政治」と批判された。
 それでも彼は当選を決めると、自分を支持する独立派に向けて英語で語った。
「我々の、独立を支持する我々の夢は、これまで以上に生き続けている。我々は、我々以外の誰にも許可を求める必要がないことを知っている。我々は、ケベックが世界の舞台に存在することを知っている。我々は、未来が我々のものだということを知っている。我々は今夜、勝利への道が我々の前にあることを知っている。」


写真:右からマルティーヌ・ウェレ元天然資源大臣、ジャン=フランソワ・リゼ新党首、アレクサンドル・クルティエ元政府間関係大臣、ポール・サン=ピエール・プラモンドン候補。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:地域

ケベック党暫定党首にゴドロー元運輸大臣 [ケベック]

 ケベック党は5月6日、幹部会を召集しシルバン・ゴドロー元運輸大臣を暫定党首に選出した。前回党首選からまだ日が浅く、多くの党員が短い党首選を望んでいるため、党首選は9月15日から10月15日の間に行われる。党首選の規則は、5月中に決定する見込みである。
 昨年5月の党首選で次点となったアレクサンドル・クルティエ元政府間関係大臣と、ベロニク・イボン元社会サービス大臣が有力視されているほか、ジャン=フランソワ・リゼ元国際関係大臣とマルティーヌ・ウェレ元天然資源大臣も、出馬に意欲的とみられている。ベルナール・ドレンビル院内幹事長は、出馬しない意向を表明した。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:地域

ケベック党のペラドー党首、辞任を発表 [ケベック]

 ケベック党のピエール・カール・ペラドー党首は5月2日、「家庭内の事情」を理由に党首と州議を辞任し、政界から引退すると発表した。
 彼はタレントのジュリー・スナイダー氏と長年事実婚していたが、2015年8月に結婚した。だが彼女は、公党党首夫人として多くの犠牲を払う必要があったらしく、2016年1月に別居していた。実はこの前日、ジュリー夫人がラジオで離婚調停について語っており、ケベック党のフランソワ・ジャンドロン州議は「ジュリー・スナイダー氏がきのう語った尋常ではないインタビューが、関係していると思う」と語った。
 ペラドー党首は最近、ケベック独立を達成するため、独立派の野党「ケベック連帯」「国民の選択」に統一ロードマップを作成するよう呼びかけたが、不調に終わった。ケベコー財閥総帥で組合バスターとして知られる彼と歩調を合わせることに、他党は二の足を踏んだ。
 ペラドー党首自身もまた、ポリシーを鮮明にしようとしなかった。組合バスターの彼は労働運動の闘士にはなれなかったし、彼の本質はナショナリストだったが、自党が革新政党であることに配慮した結果、ナショナリストとしての本領を発揮することもなかった。
 ペラドー党首就任以来、ケベック党の支持率は最大でも31%を超えることはなかった。与党自由党は最低でも32%以上を記録し、シャレー前政権の汚職が発覚し支持率を下げているときでも、ケベック党は支持率を上げることはできなかった。レジェ・マーケティング社による最近の世論調査では、ペラドー党首の支持率31%に対し、不支持率は55%にものぼった。そして彼の支持率は、ケベック未来連合のフランソワ・ルゴー党首やケベック連帯のフランソワーズ・ダビ共同代表よりも低かった。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:地域

「力と民主」、キャスティング・ボートになれるか [ケベック]

 あまり報じられていないが、連邦議会に議席を持つ第6の政党がある。2014年10月に結成された「力と民主(Forces et Démocratie)」である。
 ケベック連合のジャン=フランソワ・フォルタン議員は2014年8月、マリオ・ボリュー党首に反発して離党し、新民主党のジャン=フランソワ・ラローズ議員とともに新党を旗揚げした。2015年8月には、刑事事件で有罪判決を受け新民主党を追放されたマノン・ペロー議員を受け入れ、現職議員3名となった。
 「力と民主」は、すでに党員5000人に達し、候補者40人をケベックのみならずカナダのあらゆる州に立候補させる予定である。
 「力と民主」は、分離主義でもなければ連邦主義でもなく、「地方分権主義」だという。キーストーンXLパイプライン、キンダー・モーガンパイプライン、エナジー・イーストパイプラインのいずれにもに反対で、オイルサンド採掘にも反対する。増税に反対し、炭素税導入にも反対する。上院改革を推進し、その廃止には反対で、自由党のトルドー党首が提唱する「党から独立した専門家を任命する」案に賛成する。イスラム国爆撃には反対する。
 「力と民主」は革新政党であり、政策的にはケベック連合・新民主党・緑の党に近い。議席獲得は非常に困難な情勢だが、もし少数政権が成立すれば、「力と民主」は小所帯でもキャスティング・ボートとなれるという。
 ラローズ議員は前回と同じ選挙区ではなく、モントリオールのラ・ポワント=ド=リル選挙区から立候補した。そこは、独立に対する純度テストを実施しケベック連合を分裂に導いたボリュー前党首も出馬する。「力と民主」候補の参入により最も票を奪われるのは、ケベック連合候補だろう。ボリュー前党首を絶対に当選させないという、強い意志を感じる。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:地域

ペラドー党首が挙式 [ケベック]

 ケベック党のピエール・カール・ペラドー党首は8月15日、長い間事実婚関係にあったジュリー・スナイダーさんと結婚式を挙げた。
 式場はケベック市の北米フランス歴史博物館で、レジ・ラボーム市長が司式を務めた。ポリーヌ・マロワ前首相とベルナール・ランドリー元首相(いずれもケベック党元党首)、ケベック連合のジル・デュセップ党首、モントリオールのドニ・コデール市長を含む400人が招待されたが、フィリップ・クイヤール首相(自由党)はなぜか招待されなかった。
 スナイダーさんの友人である歌手のセリーヌ・ディオンさんは、出席できないためメッセージを送った。
 新郎は息子トーマスさんとともに二人乗り自転車に乗り、式場に現れた。新婦はテスラ社の電気自動車に乗って現れた。400人の招待客には、20ドル以下の値札が付いたケベック・ワインと、ベジタリアンの食事がふるまわれた。
 TVホストとプロデューサーを務めるジュリー・スナイダーさんがペラドー党首と初めて出逢ったのは、1999年TQSテレビのオフィスだった。同局はその2年前、ペラドー党首の父ピエールSr.が経営するケベコー財閥の傘下に入っていた。
 2人の間で恋が芽生えたのは、モントリオールからパリへ向かう飛行機の機内で偶然再会したことが原因だった。ペラドー党首は妻と別居中で、一目で恋に落ちたと語った。
 2人の間には、すでに2人の子がいる。2014年1月に破局しているが、後によりを戻し、婚約した。

 ジュルナル・ド・モンレアル紙のリズ・ラバリ記者は、次のように述べた。
「式場は北米フランス歴史博物館で、それはラバル司教が設立したケベック神学校の中にある。そこはもはや宗教上のチャペルではないので、宗教的な結婚式ではなく、市民の結婚式だ。」
「2人は、これで何を言いたいのか。自分たちが普通の人だと言いたいのか。新郎はビリオネアで、新婦はミリオネアで、2人はメッセージを送るために16ドルのワインをふるまっている。」

la-raison-pour-laquelle-philippe-couillard-n-est-pas-invite-au-mariage-de-l-annee.jpg

図:クイヤール首相が結婚式に呼ばれなかったわけ
ラボーム市長「ジュリー、あなたは今ここに、ピエール・カールを夫とすることに同意しますか?」
クイヤール首相「異議あり!質問が明確ではありません!」
クイヤール首相が持っているのは明確化法(Loi sur la clarté)。1995年の独立を問う住民投票を受け、連邦政府は「独立是非の『明確な質問』に対する州民の『明確な賛成』の意思表示がない限り、ケベック独立宣言は認めない」と定めたが、明確化法は「明確な賛成」が何%であるかを明確にしなかった。新民主党はシェアブルック宣言で「50%に1票上回れば明確な賛成」と定義したが、自由党はこれを批判している。
nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:地域

ケベックでの争点、より複雑に [ケベック]

 6月24日は「サン=ジャン=バチストの日」(ケベックの守護聖人洗礼者ヨハネの日)で、ケベックの事実上の独立記念日である。新民主党のマルケア党首は、その前日にケベックを訪問し、党の持論である「シェアブルック宣言」について言及した。
 それは、ケベックの有権者が50%より一票でも多い賛成を示せば独立できるとするものであり、連邦政府が制定した「明確化法」でいう「明確な多数派」(明確な多数派が何%なのかは不明確だが)をもって独立の意志とするという思想に反している。
 自由党のトルドー党首は、さっそくこれを批判した。
「サン=ジャン=バチストの日にマルケア党首が、明確化法を廃止して国家の解体をより容易にしようというのは、まさに最低の政治と言わざるをえない。彼がケベックで有権者に迎合するためこれを取り上げているのは、間違っていると思う。」
 彼はケベックを訪問し、人々が話題にしているのは雇用・経済・環境・ヘルスケアであって、決して独立ではないと感じたので、彼らのプライオリティを共有したいと語った。

 ケベックの有権者にとって、ケベック連合はもはや選択肢ではなくなり、新民主党と自由党が激しい争いを繰り広げていた。ところがデュセップ氏の政界復帰により、ケベック連合が再びゲームに参入しようとしている。ケベックでのゲームは、新民主党対自由党から、新民主党対とケベック連合に変わる兆しを見せているのだ。CROP社が先週末に発表した、ケベックにおけるフランコフォンの政党支持率は、新民主党38%に対しケベック連合は30%となり、ケベック連合が急速に支持を回復していることがわかる。
 ケベックの政界地図は、右派政党が保守党1つであることに対し、左派政党は自由党・新民主党・緑の党と3つある。そこへケベック連合が再び参入すれば、左派票はさらに分裂し、保守党を利するだけになるかもしれない。さらに右派対左派の構図に加え、連邦主義対分離主義という新たな構図がもたらされることになり、問題はいっそうややこしいことになる。
 ケベックの第一党は1980年までは自由党、84年から88年までは進歩保守党、93年から2008年まではケベック連合だった。分離主義の脅威に対し、連邦主義者は総選挙において特定政党に票を集中させてきたから、自由党は93年から2008年まで連邦主義票を独占できたが、2011年になってその地位を新民主党に奪われた。だが現在ケベックの第一党である新民主党は、その地位を維持するため、そして参入してきたケベック連合に競り勝つため、「シェアブルック宣言」を持ち出してきた。このような分離主義者への迎合は、ケベック以外の「残りのカナダ」において影響を与えないわけにはいかないだろう。
 デュセップ氏の復帰は、第一に新民主党へのダメージとなり、第二に保守党への援護射撃になると言えるだろう。
nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:地域

ケベック州内の英語商標に規制の動き [ケベック]

les-cafes-second-cup.jpg.size.xxlarge.letterbox.jpg ケベック州のエレーヌ・ダビ文化大臣は、Gap・Walmart・Best Buyのような非フランス語の名称を持つ企業の商標に、フランス語の説明を付加することを要求する新たな規制をこの秋に提出すると語った。
 カナダで登録された登録商標は、知的所有権として国際的な保護を受ける。ゆえにシルク・ド・ソレイユ(Cirque du Soleil)がトロントで興行するとき、「サン・サーカス」と表示することを強制できない。またケベックのフランス語憲章は、商標には言及していないので、ケベックにある外資系企業は(主に英語で)その名称を商標登録することで、規制を実質的に免れてきた。中国でもかつて、商標の中国語表示を義務づける試みが行われたことがあるが、結局頓挫した。
 Second Cupの商標が、ケベックでは“Les cafés Second Cup”になっていることはよく知られている。これは民族主義テロ組織のケベック解放戦線が2001年、モントリオールのセカンド・カップ3店舗に爆弾テロを行ったことを受け、自主的に改訂したものである。ケベック解放戦線はその後、マクドナルド(※スコットランド系の苗字)7店舗に対しても爆弾テロを行った。
 英語雑誌「ザ・サブアーバン」のベリル・ワジェスマン編集長は、フランス語憲章による規制の結果、ケベックの小売業者のかなり多くが、ウェブサイトをフランス語訳するよりむしろ廃止したという事実を指摘し、懸念を表明した。
「いじめはやめるべきだ。それだけでなく、これ以上の経済縮小を行うべきではない。800万人の市場は、グローバル企業を動かさないだろう。」
nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:地域

デュセップ氏がケベック連合党首に復帰、総選挙への影響は [ケベック]

 ケベック連合は6月10日、マリオ・ボリュー党首の辞任とジル・デュセップ元党首の党首就任を発表した。ボリュー氏は党代表に就任する。
 引退していたデュセップ氏は、当初この申し出を断ったが、6日にケベック党のペラドー党首と会談し「しっかり支える」と聞いて、翻意したという。
 党首に復帰したデュセップ氏は、総選挙を意識してさっそく他党を攻撃した。
「新民主党にとっては、第一にカナダのためであり、常ににカナダのためだった。」
「我々がケベックにいたとき、ハーパー氏は過半数を握っていなかった。ケベックでハーパーを叩き、残りのカナダで仕事をしようではないか。」
 ボリュー前党首は、デュセップ氏には知名度と専門知識があるが、自分には総選挙を前に党をまとめていく時が足りないと感じたと述べた。
 デュセップ氏の辞任は有権者の審判であり、ボリュー氏の当選も党員による民主的な選挙の結果である。ボリュー氏の辞任はともかく、デュセップ氏の党首就任は、何ら民意を得たものではない。一連の出来事は、役員会でまずボリュー氏の辞任を承認する投票が行われ、次にデュセップ氏の党首就任を承認する投票が行われたはずだが、政治評論家のジャン・ラピエール氏は、投票が本当に行われたかどうか疑わしいと言う。
「絶望的な状況では、絶望的な選択をするものだ。彼らが生き残るためなら、どんなことでも起こり得る。」
 これはヘイルメリー・パス(フットボールで負けているチームが、制限時間ぎりぎりで一か八かのロングパスを飛ばすこと)ではないかという指摘に対し、デュセップ党首は「ゲーム開始からヘイルメリー・パスを投げるチームは見たことがない」と否定した。

 各世論調査機関による5月の政党支持率調査は、保守党・自由党・新民主党による3党三つ巴の争いを示している。EKOSリサーチ社の調査では、保守党30%、新民主党29%、自由党27%。イプソス=リード社の調査では、保守党と自由党31%、新民主党30%。アバカス・データ社の調査では、保守党31%、新民主党と自由党28%となっている。
 2014年5月にレジェ・マーケンティング社が実施した世論調査は、デュセップ氏が党首の場合の政党支持率が29%になることを示した。スリーハンドレッドエイト・コム社はこのデータを適用して、ケベック州における政党支持率のシミュレーションを実施したところ、ケベック連合が29%、新民主党も29%、自由党22%、保守党15%という結果が出た。ここからさらに選挙区ごとのシミュレーションを行うと、ケベック連合17~40議席、新民主党13~39議席、自由党13~18議席、保守党8~9議席という結果が出た。
 デュセップ党首が最後に戦った2011年総選挙では、ケベック連合の得票率は23.4%だった。このデータを適用して再度シミュレーションを行うと、得票率と議席は新民主党31%(38~53議席)、自由党24%(13~20議席)、ケベック連合23.4%(1~13議席)、保守党17%(8~10議席)という結果が出た。
 EKOSリサーチ社の調査によると、ケベック連合支持者の第2の選択は、新民主党が圧倒的に多いという。誰よりも古く1996年から党首を務め、圧倒的な知名度を持つデュセップ氏の党首復帰で最も打撃を受けるのは、新民主党だろう。だがマルケア党首は、懸念を一蹴した。
「我々は、このような問題をすでに経験済みだ。私は35年間(※25年の誤りか)彼らと戦ってきた。私は、ケベック人がポジティブな変革を望むことを知っている。彼らはこれ以上、バック・トゥー・ザ・フューチャーⅣのゲームを続けるつもりはないだろう。」
nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:地域

ケベック連合党首にデュセップ氏復帰か [ケベック]

 カナディアン・プレスは6月9日、ケベック連合のマリオ・ボリュー党首が党代表に退き、ジル・デュセップ元党首が党首に復帰すると報じた。
 ケベック連合はモントリオールの党本部で10日、両者が出席する記者会見を行うと発表している。9日はジャック・パリゾー元州首相の葬儀があるため、両者は故人に敬意を表しこの日はコメントしないとケベック連合の文書に書かれていた。葬儀に現れたデュセップ元党首は、喝采で迎えられた。ボリュー党首は記者に「今は、パリゾー氏を追悼していたい。それについては明日話す」と答えた。
 2011年の連邦議会総選挙で大敗したデュセップ党首(当時)は、ケベック党党首選に出馬するのではないかと噂されたが、5月に実施された党首選には出馬しなかった。
 ボリュー党首はフェイスブックで8日、デュセップ氏に選挙で協力するよう依頼し、快諾されたと綴った。そこにはデュセップ氏の役割は、未定と書かれていた。
 ラジオ・カナダのダニエル・チボー氏は、総選挙が近づき、ボリュー党首が世論調査に反応したと主張する。世論調査は、ケベック連合の支持率がボリュー党首なら17%で、デュセップ党首なら29%になることを示した。2011年総選挙では、得票率23.4%で4議席に終わった。
 ルイ・プラモンドン議員は9日、まだ何点か交渉の余地が残っていて、全ては明日決まると回答した。
「私の選挙区はボリュー党首でも見込みはあるが、デュセップ党首ならより有望だ。彼は連邦レベルで最も知名度が高く、最も経験豊富な人物だ。」
 彼は、前回総選挙での大敗は、有権者がケベック連合を拒絶したのではなく、癌と戦うレイトン党首への同情を新民主党が集めたに過ぎないと分析した。

 総選挙の時点でわずか4議席だったケベック連合は、ボリュー党首就任以来内紛が続き、離党が相次ぎ現在は2議席しかない。クロード・パトリ議員は引退を表明しているので、再選を目指しているのはプラモンドン議員ただ一人である。
 ジャン=フランソワ・フォルタン議員とアンドレ・ベラバンス議員は2014年8月、ボリュー党首の方針に反発し離党した。アニー・ルサール副代表も12月、ボリュー党首と対立し辞任した。そしてフォルタン議員は2014年10月、新民主党のジャン=フランソワ・ラローズ議員とともに新党「力と民主(Forces et Démocratie)」を旗揚げした。これはケベック州のためにケベック州だけで活動する連邦政党で、ケベック連合と政策的に非常に似通っているが、ボリュー党首が独立を前面に押し出しているのに対し、新党は世論調査で不評な独立を訴えることなく、ケベックの利益に専念している。ケベック連合は人々に終わった党だと思われており、この類似する新党に支持を奪われることに相当な危機感を持っているようだ。
 ケベック価値憲章を批判してケベック連合を除名されたマリア・ムラニ議員(新民主党)は、ケベック連合のニュースに驚き、ケベック人のプライオリティは過去に生きることではないとコメントした。
 ケベック連合元議員でモントリオール大学教授のダニエル・テュルプ氏は、「パリゾー氏がまだ生きていて、デュセップ氏がケベック連合党首に復帰すると聞いたら、きっと喜んだだろう」と語った。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:地域

「独立の闘士」ジャック・パリゾー元首相死去 [ケベック]

 ジャック・パリゾー元首相が、6月1日に死去した。84歳だった。
 彼は1930年モントリオールに生まれ、モントリオール大学のビジネススクールHECモントリオール、パリ政治学院、ロンドン大学で学んだのち、地方公務員となり、ケベック年金プランの作成とハイドロ・ケベック社の国有化を推し進め、「静かな革命」の端緒となった。

 1976年ケベック党から州会議員に初当選し、レベック内閣の大蔵大臣に就任。1980年の独立を問う住民投票では、独立派の彼は中心的役割を演じたが、結果は否決に終わった。レベックはその後、独立問題を後回しにする政策に転じたため、パリゾーは1984年大臣と州会議員を辞任し、政界を去った。
 その後ピエール=マルク・ジョンソン党首が退任すると、パリゾーは1988年党首選に出馬し当選。1994年の州議会選挙で勝利し、ケベック州首相に就任した。
 彼は独立を問う住民投票実施を公約したが、レベックほど人々に親しまれていなかった。彼は委員会のリーダーシップを、壊死性筋膜炎で片脚を切断した闘志の人ルシエン・ブシャール党首(ケベック連合)に譲り、自らは裏方に徹した。
 しかし結果は、賛成49.6%・反対50.4%で惜しくも否決となった。国家元首の座をあと一歩のところで逃した彼は、思わず「金とエスニックのせいで負けた」と口走った。それは独立論争が全てのケベック州民のものではなく、フレンチ系住民のためのものだという隠れた本音が顕れた瞬間だった。彼は強いバッシングに晒され、首相と党首を翌日辞任、州会議員も翌年辞任し政界から引退した。

 引退してもなお、ハードコア独立派としての彼の影響力は衰えなかった。ポリーヌ・マロワ党首が独立を明確に訴えないので、彼はしばしばマロワ降ろしを画策した。マロワ首相がケベック価値憲章を上程したとき、彼は明確に反対を表明し、ケベック党員でありながら「国民の選択」党を公然と支持した。彼女は彼の教え子で、大蔵省でも彼の部下になっているが、そりが合わずに退職しており、かなり以前から不仲だと言われてきた。
nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:地域
前の20件 | - ケベック ブログトップ
著者へのご意見
canada_de_vow★yahoo.co.jp
★を@に変えて下さい。
メッセージを送る