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トルドー首相、上院にてこ入れ [自由党]

 トルドー首相は先週の閣議に、ピーター・ハーダー上院議員を召喚した。
 トルドー首相は党派性のない上院実現のため、党首に就任した2014年に自由党の上院議員全員を幹部会から離脱させ、無所属議員とした。彼は首相就任後も、政党とのつながりを持たない人々を上院議員に指名しており、上院に与党議員はいない建前になってはいるが、自由党系の議員たちは「上院自由党」の会派を称している。ハーダー議員も無所属だが、2016年の指名時に、政府提出法案の速やかな成立を促すため、従来設置されてきた与党上院院内総務に替わるものとして「上院政府代表」に任じられている。閣僚でない者が閣議に出席するのは、異例のことである。
 次の総選挙まであと2年を切ったが、トルドー政権が成立してから、下院を通過した法案が上院で滞ることが多くなった。特に国歌変更法案とマリファナ合法化法案は、建国150周年にあたる2017年7月1日までの成立を目指してきたが、下院を早期に通過したにもかかわらず、上院で滞っている。上院は伝統的に下院の決議を覆さない慣例があり、審議にかける期間も短いのが通例であるにもかかわらずである。
 トルドー首相は1月12日、記者会見で次のように語った。
「我々は過去2年間、より党派心の薄い、より独立した上院の変化と改善を見てきたが、同時に、新しいやり方を見つける必要が確かにある。」
 彼は、法案に対する上院の反応は結構なものであるが、政府と上院議員は国民が期待する重要なものを届けるため、協働する必要があると述べた。

 ハーパー前政権時代には、審議にかける期限が予め設定されたことが100回近くもあり、それは歴代政権の3倍にも及んだ。だがハーダー議員は、期限切れで審議打ち切りにするようなやり方は好まないという。
 匿名の上院議員は、保守党の「ふざけた態度」が限度を越えて審議引き延ばしを謀るなら、政府はそのような手段を行使することもありえると語った。
 いっぽう保守党のラリー・スミス上院幹事長は、次のように述べた。
「我々は公式野党として、上院で持っている委任と義務を、責任をもって果たしていく。」
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ルブラン漁業海洋大臣、白血病を告白 [自由党]

 ドミニク・ルブラン漁業海洋大臣・カナダ沿岸警備隊大臣(49歳)は12月6日、慢性リンパ性白血病を患っており、来週から治療を開始すると発表した。病気を知ったのは、今年4月だという。
 彼は「慢性の病気を抱えている何万人ものカナダ人と同様、私は働き続ける」と語り、大臣の職務を続けることを明らかにした。
 ルブラン大臣は、下院議員として当選7回。ピエール・トルドー内閣で漁業海洋大臣などを歴任したロメオ・ルブラン氏の息子であり、ジャスティン・トルドー首相とは幼馴染で側近。ジャスティン・トルドー内閣では当初下院院内総務の重職に就いたが、安楽死幇助法案の質疑を一方的に打ち切ろうとして野党の非難を浴び、昨年8月に漁業海洋大臣・カナダ沿岸警備隊大臣に移動していた。
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フット公共サービス大臣、引退を表明 [自由党]

 休養中のジュディ・フット公共サービス・調達大臣は8月24日、大臣を即時辞任し、議員も9月に辞職し引退すると発表した。
 乳癌を2度克服した彼女は、現在は癌に罹っていないものの、発癌性のBRCA2遺伝子のキャリアであり、検査の結果2人の子と4人の孫にそれを引き継いだことを明らかにした。そして彼女は、仕事以上に家族が第一であり、家族のそばにいてあげたいと語った。
「BRCA2遺伝子が意味することは、あらゆる種類の癌に罹りやすいということである。」
「仕事よりも命よりも、私は家族を愛している。私の決定は、家族とともに過ごすことだ。それは私がそうしたいと望んでいることであり、そして家族がそうしてほしいと望んでいることである。」
 連邦議会は9月18日に召集される。彼女は毎週木曜日か金曜日にニューファンドランド&ラブラドル州の家に戻り、日曜日にオタワに行く生活を考えていたが、それでは家族が第一にならないという結論に達したという。
 彼女の休養中はジム・カー天然資源大臣が臨時代理を務めていたが、トルドー首相は後任をすぐに任命しないつもりだ。フェニックス・ペイ制度は、公務員への給与支払いが過多だったり過少だったり、全く支払われていないケースさえあり、このポストは経験豊富な人物でないと勤まらないと言われている。
 いっぽう、フット大臣辞任によってニューファンドランド&ラブラドル州は大臣がいなくなるため、首相は同州選出のシーマス・オリーガン議員を大臣にすることを考えているが、閣僚の男女が同数でなくなるため、新たに1人女性を大臣に任命する必要が生じる。首相は結局、9月に小規模な内閣改造に踏み切るものとみられる。
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フット公共サービス大臣が休養 [自由党]

 トルドー首相は4月6日、ジュディ・フット公共サービス・調達大臣が家庭内の事情により休養すると発表した。彼女の職務は当分の間、ジム・カー天然資源大臣が代行する。
 彼女には乳がんの病歴があるが、彼女をよく知る人々は、今回の決定は健康とは無関係だと語った。
 フット大臣はニューファンドランド・メモリアル大学を卒業後、クライド・ウェルズ首相(ニューファンドランド&ラブラドル州)のスタッフを務め、1996年ニューファンドランド&ラブラドル州議に当選して政界入りし、2008年には連邦議会議員に転身した。州議時代の2000年に乳がんを患っていることを公表し、2014年には再度乳がんに罹ったことを公表した。
 トルドー首相は、声明で次のように述べた。
「議員として、家族は常に我々のプライオリティでなければならない。そして私は、彼女が愛するもののために時間をとることを賞賛する。」
「彼女がオタワに復帰するのを、楽しみにしている。」
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トルドー政権、選挙制度改革を断念 [自由党]

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 カリーナ・グールド民主機構大臣は2月1日、選挙制度改革を断念すると発表した。
 政府筋によると、1月にカルガリーで行われた閣議で、すでに断念することが決まっていた。反対した閣僚は1人しかいなかったという。
 トルドー首相は今週、下院でこう述べた。
「率直に言って、賛否のある国民投票をこの時期に実施するのは、過激派の発言力を拡大することになり、カナダのためになることではない。」
 首相は、選挙制度改革特別委員会が推奨する比例代表制は、小党乱立や多数安定政権の抑止、また連立政権の常態化につながりやすいことや、小勢力が議会へ進出する道を開くことになり、その結果地域政党や白人優位主義・国粋主義・ポピュリズムのオルタナ右翼の発言力を拡大することを懸念していた。

 2015年の総選挙時、野党第2党だった自由党は選挙制度改革を公約したが、どのような制度を導入するかを明言せず、単に比例代表制・優先順位付き連記投票・投票の義務化・オンライン投票などについて検討する超党派委員会を設置すると述べるだけであった。
o-MARYAM-MONSEF-facebook.jpg だがいざ委員会が設置されると、新民主党は比例代表制を主張した。緑の党は小選挙区比例代表併用制の支持を決めるとともに、ギャラガー指標(※得票と議席の反比例度を示す。数値が大きいほど両者が乖離していることを示す)が5以下のいかなる比例代表制も支持すると主張した。保守党は現行の「勝者総取り」小選挙区制を支持したが、いかなる改革でも国民投票で有権者に諮問すべきだと主張した。野党の主張は当初バラバラだったが、秋には保守党・新民主党・ケベック連合・緑の党の全野党は比例代表制を支持することで合意した。
 だが自由党政権は、ひとたび国民投票を実施すれば、論争がほかの問題に拡大することを恐れた。ケベック独立を問うた1995年の住民投票騒ぎを皆が覚えていたし、今回の投票が将来あるかもしれない再度の独立を問う住民投票の先例にされるのも、好ましくなかった。
「50%プラス1票あれば十分なのか」「有権者の3分の2の同意があれば、1州が反対しても強制できるか」
 あのような騒動を繰り返したいとは、誰も思わなかった。それで自由党政権は、「現行制度による選挙は2015年が最後」という公約を盾に、(時間のかかる)国民投票は不要だと繰り返した。モンセフ民主機構大臣(当時)も「国民投票は容易に癒えることのない深い亀裂を社会に生じる」と警告した。カナダ史上において禁酒法(1898年)、徴兵制(1942年)、憲法改正に関するシャーロットタウン協定(1992年)の3度国民投票が実施されたが、いずれも結果が州により大きく異なり、亀裂を生んだという認識がある。
 トルドー首相は優先順位付き連記投票を推進したが、それを支持する者は少なく、国民の多くは選挙制度改革に関心がなかった。さらにややこしいことに、閣僚の中にもディオン外務大臣・ルブラン漁業大臣・フリーランド国際貿易大臣(肩書きは当時)などは、公然と比例代表制を支持していた。

 トルドー首相は今週下院で、こう述べていた。
「私は長い間、優先順位付き連記投票を推進してきた。野党議員たちは、比例代表制を望んだ。最大野党は、国民投票を要望した。そこにはコンセンサスがない。」
 そして選挙制度改革断念については、1日にこう述べた。
「カナダの安定を害することをするのは、無責任である。選挙の公約を理由に、投票箱の中身をチェックするだけのために、間違ったことをするつもりはない。私は、そのような首相になるつもりはない。」
 新民主党のネイサン・カレン議員は3日、連邦議会で自由党政権を批判した。
「選挙制度改革における裏切りを正当化する必死の試みにおいて、自由党はあらゆる言い訳を使っているが、それは馬鹿げている。」
「比例代表制はより多くの女性、より多様な議員を選び、ともに働いてカナダをまとめる。」
「自由党政権が選挙制度改革を断念したのは、それがカナダの統一に対する脅威だからではなく、自由党に対する脅威だからだ。」


図上:公約をかなぐり捨てるトルドー首相。
写真下:選挙制度改革特別委員会で、ギャラガー指標を示すプラカードを掲げるマリヤム・モンセフ民主機構大臣(当時)。彼女は議会を侮辱したと非難され、後にこのポストから外された。
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トルドー首相が内閣改造 [自由党]

 トルドー首相は1月10日、小規模な内閣改造を行った。新入閣が3名、閣外に去った人が3名、閣内の異動が3名で、その他は留任した。閣僚の男女比は、男性15名・女性15名と同数のままである。

 (1) トランプ・プーチンへの最強の「切り札」
 最も注目されるのは、クリスティア・フリーランド前国際貿易大臣の外務大臣昇格である。トランプ次期大統領がTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)破棄・NAFTA(北米自由貿易協定)再交渉を叫ぶ中、困難なCETA(カナダ・EU自由貿易協定)を昨年まとめあげ評価された彼女に、重要な職務が引き継がれることになった。
 彼女はウクライナ系で、英語・フランス語・ウクライナ語・ロシア語・ポーランド語・イタリア語の6か国語を話す。ハーバード大学でロシア史を、オックスフォード大学セントアントニーズカレッジでスラブ語を学び、ローズ奨学金も受け取った。ジャーナリストとしてのキャリアをワシントンポスト紙とエコノミスト紙のウクライナ特派員から始め、フィナンシャル・タイムズ紙編集長・ロイター通信編集者としてイギリスとアメリカで働き、グローブ&メイル紙副編集長も務めている。アメリカ滞在時には「金権政治家:新しいグローバル・スーパー・リッチの勃興とその他大勢の没落」という著書がベストセラーにもなるなど、トランプ氏の取り巻きにも詳しい。
 グローブ&メイル紙時代の2000年、ロシアでプーチン大統領とロシア語で会談しているが、ウクライナ系の彼女はプーチン氏とその取り巻きを批判したことから、その後ロシアへの入国を禁止されている。外務大臣となった彼女が今後も入国を禁止されることはないだろうが、今回の外務大臣起用は、トランプ氏及び彼と親密なプーチン氏への強烈な牽制であることは言うまでもない。なお女性外務大臣は、1979年のフローラ・マクドナルドと1991年のバーバラ・マクドゥーガルに続き3人目となる。

 (2) 冷遇されるベテラン:ディオン氏、政界引退か
 マルク・ガルノー運輸大臣は評価が高く、より重要なポジションへ昇格するものと見られていたが、そうはならなかった。今回の改造では若い人々が起用される一方、ベテランは尊重されなかったようだ。それは、36歳で当選1回のバーディシュ・チャッガー下院院内総務が政権の中枢にいることと関係あるかもしれない。クレチエン内閣の国防大臣とマーチン内閣の退役軍人大臣を務めた当選6回のベテラン、ジョン・マッカーラム移民・難民・市民権大臣(65歳)は、中国大使に転身する。
 同じくベテランのステファン・ディオン前外務大臣(61歳)は、人権侵害国と見られていたサウジアラビアに150億ドルの戦車を売却する契約に合意したことについて、保守党前政権からの合意だったためどうすることもできなかったと抗弁したが、強い批判を受けた。またカナダを訪問した中国の王毅外務大臣が、中国の人権問題について尋ねたカナダ人記者に激昂した際、ディオン氏は抗議せず、事態を傍観した。後にトルドー首相が、抗議した。
 ディオン氏は政治学者出身で、閣僚や党首まで務めたベテランだが、無愛想で、英会話力にも難点があり、外務大臣としては適任でないと言われてきた。ボブ・レイ元暫定党首は、トランプ政権の国務長官が石油大手エクソンモービルの経営者である以上、エコロジストのディオン氏が外務大臣では都合が悪いだろうと指摘した。
 また、クレチエン内閣で首席報道官を務めたピーター・ドノロ氏は、彼をこう評した。
「政治的に成功するための最も重要な要素がEQ(感情指数)だとすれば、それは彼に欠けている一つの要素である。しかし彼は知識と決断力によって、それを補ってきた。」
 匿名の自由党議員は、ディオン氏には人の心を洞察する能力が欠けていると評した。
「彼には多くの強さがある。ただ外務大臣のポストは、彼には似合わない。」
 ディオン氏は、カナダの政治史で何度か重要な役割を演じ、何度か人々を驚かせた。著名な政治学者だった彼は、ケベック独立を問う住民投票が終わった直後、事態を収拾させるためクレチエン首相に請われて、政界に入った。ドノロ氏は、ディオン氏が政治家になったのは、分裂の危機にあるカナダを救いたいという純粋な心からだったという。
 政府間関係大臣(連邦政府と州政府の外交を担当)となった彼は、明確化法を制定した。これには2つの特徴があり、一つは、州が独立するには「明確な多数」の賛成(それが何%なのか明記されていないという点において明確化されていないのだが)を要することと、もう一つは、州の一方的な意思だけで独立はできないということである。このような法律は、いったん沈静化した独立論者の火に油を注ぎ、新たな問題を生むのではないかと警告されたが、大きな反対や暴動はなく、最高裁もこの法律を支持した。
 クレチエン首相を引きずり降ろして首相になったマーチンは、クレチエン派を徹底的に冷遇したが、ディオン氏は環境大臣に任命され、京都議定書に署名した。飼い犬に「キョウト」と名づけ、緑の党のメイ党首にすら「とてもよい環境大臣」と言われた。
 2006年党首選では、本命視されたトロント大学の同級生イグナティエフとレイが意地の張り合いを演じる中、3位・4位連合を結んだディオン氏が決戦投票で逆転勝利を収め、人々を驚かせた。
 党首となった彼は、2008年総選挙を「グリーンシフト」を掲げて戦ったが、景気の足を引っ張るものと敬遠され、大敗を喫した。彼は次の党大会で辞任すると発表したが、自由党党首がレイムダックになったのを見たハーパー首相は、政党助成金の廃止を提唱し野党にとどめを刺そうとした。これに反発した野党3党は、ディオン氏を首班とする連立協定に調印した。野党3党は議会で過半数を占めていたので、彼は惨めな敗北から一転首相の地位を約束されることになったが、誰もが予想しなかった議会の停会により、議会での首班指名を阻止される。革新政党との連立に激怒した党内右派は、この隙にディオン降ろしに着手した。彼は即時の辞任を余儀なくされ、議会が再開されたときにはもはや党首ではなくなっていた。
 彼は平議員になったその後も政治活動を続け、クレチエン・マーチン・グレアム(暫定党首)・彼自身・イグナティエフ・レイ(暫定党首)・トルドーと、7人の党首の下で働き続けたが、それは彼の党派心のなさを示すものである。
 彼はトルドー首相から、EUもしくはその加盟国の大使の地位を提示されたと噂されたが、応じていない。首相は引き続き、彼にふさわしいポストを提示するというが、彼は外交官になって政界を引退するのか、それとも一介の平議員として政治活動を続けるのか、その去就は定かではない。もし彼が外交官になるなら、彼の上司はフリーランド外務大臣となる。

 (3) 新人3名を起用:注目の民主機構大臣は?
 初入閣の一人は、財務政務次官から昇格したフランソワ=フィリップ・シャンパーニュ国際貿易大臣である。ディカプリオ似の三か国語を話す46歳の弁護士は、2009年世界経済フォーラムからヤング・グローバルリーダー賞を授与されている。
 新しく移民・難民・市民権大臣に就任したアーメド・ハッセン氏は、16歳のときソマリアから逃れて来た難民で、トルドー政権では初の黒人閣僚である。
 トロント市内リージェントパークの市営住宅に暮らし、高校時代は陸上選手として注目され、ヨーク大学で学ぶためガソリンスタンドで働いた苦労人でもある。彼は後にリージェントパーク評議会を設立し、この地域の再開発に尽力した。
 選挙制度改革は、もはや誰にも収拾不可能なほどにこじれてしまったが、マリヤム・モンセフ前民主機構大臣の経験不足は、混乱に拍車をかけた。今やトルドー首相は、選挙制度改革を本気で成し遂げる意欲があるのか疑問視されているが、この困難なポストに新たに割り当てられた「生贄」は、彼女よりさらに若い女性カリナ・グールド国際開発政務次官(29歳)だった。彼女は、カナダ史上最も若い女性閣僚である(最も若い閣僚はジャン・シャレーの28歳)。
 彼女はオックスフォード大学で国際関係学を学び、選挙制度改革についての論文を書いた。その後は貿易と投資のコンサルタントとして働き、メキシコの孤児院で1年間ボランティアも経験している。彼女と親しいオンタリオ州のエレノア・マクマホン観光大臣は、グールド大臣を「党派心のない人」と言う。
 トルドー首相は記者会見で、モンセフ大臣をなぜ異動させたのかという質問には答えず、選挙制度改革への意欲を語った。
「私は引き続き、選挙制度改革に邁進する。それには疑問の余地はない。マリヤムがこれまで行ってきた、我々の民主主義を促進するベストな方法について国民と対話するという並外れた任務を、カリーナとともに続けていく。」
 選挙管理委員会は、2019年秋までに実施される次の総選挙を新しい選挙制度で行うためには、関連法案が夏までに上程される必要があると答申している。
 モンセフ前民主機構大臣には、女性の地位担当大臣という「ふさわしいポスト」が与えられた。
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 女性の地位担当大臣だったパティー・ハイデュ氏は、雇用・労働力開発・労働大臣に異動する。このポストに就いていたメリーアン・ミハイチャック前大臣には、新しいポストは与えられず、閣外に去ることになる。
「私はもちろん、失望しています」と、彼女は語った。
「私は人として、女性として、雇用のために常に戦ってきました。そしてこれからも、そうし続けていきます。」
 彼女は労働大臣として、自分のリーダーシップの下で、児童労働を禁止する国際的合意に加わり、臨時雇いの外国人労働者の権利を擁護し賃金の平等を実現するための骨格を作ったと、誇らしげに語った。
「最終的には、40年後に、女性労働者は男性と同じ賃金を得るでしょう。」


写真:左からフランソワ=フィリップ・シャンパーニュ国際貿易大臣、アーメド・ハッセン移民・難民・市民権大臣、カリナ・グールド民主機構大臣。
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トルドー首相、10日に内閣改造か [自由党]

 トランプ大統領就任に先立ち、トルドー首相は1月10日に小規模な内閣改造を行うと、メディアが報じた。
 トルドー内閣が発足しておよそ1年が経過したが、閣僚の中には能力に問題のある人がいるという指摘があり、かねてから内閣改造が噂されてきた。キャメロン・アーメド首相報道官は「首相官邸は噂についてコメントしない」という声明を発表したが、メディアは政府筋から匿名を条件に情報を入手しており、少なくとも6人が異動すると報じている。
 トランプ氏はTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)はおろか、NAFTA(北米自由貿易協定)さえ破棄しかねない勢いである。そこで、破談の危機さえあったCETA(カナダ・EU自由貿易協定)を昨年まとめあげたクリスティア・フリーランド国際貿易大臣を、外務大臣に据えるのだという。
 ステファン・ディオン外務大臣は、150億ドルにのぼるサウジアラビアとの武器協定に合意したことで非難された。彼は註仏大使に転進すると噂されてきたが、本人はこれを否定している。
 ジョン・マッカーラム移民・難民・市民権大臣も、異動するという。ディオン氏とマッカーラム氏は、現閣僚では数少ない閣僚経験のある古参で、ディオン氏はクレチエン内閣の枢密院議長・政府間関係大臣とマーチン内閣の環境大臣のほか党首を務めた。マッカーラム氏は、クレチエン内閣の国防大臣とマーチン内閣の退役軍人大臣を務めた。
 選挙制度改革の当事者でありながら、様々な個人的トラブルを起こしたマリヤム・モンセフ民主機関大臣は、当然ながらその職から外されることになるが、閣内には残ると言われている。女性閣僚のパティー・ハイデュ女性の地位担当大臣は、有能だと評価され、より重要な職務に異動するという。同じく女性閣僚のメリーアン・ミハイチャック雇用・労働力開発・労働大臣も、異動するという。
 初入閣は少なくとも一人いる見込みで、フランソワ=フィリップ・シャンパーニュ財務政務次官は際立って有能だというので、大臣に昇格すると言われている。
 今回の内閣改造は小規模なものになる見込みだが、夏には4年の任期がちょうど折り返し地点に達することから、大規模な改造があると予想されている。
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2016年最高の閣僚・最悪の閣僚 [自由党]

 ハフィントン・ポストは12月29日、ピーター・ドノロ氏(元クレチエン内閣首席報道官)、トム・パーキン氏(新民主党元スタッフ)、ジェニー・バーン氏(ハーパー前首相の元相談役)の三氏を招き、2015年暮れに発足したトルドー内閣の2016年における働きぶりについて、評価させた。
 ドノロ氏とパーキン氏は、内閣で最も活躍した人物として、トルドー首相その人を挙げた。首相について、ドノロ氏は「トルドーは興奮と国際的称賛の到来を告げた」、パーキン氏は「カナダ人は彼に期待し、彼はそれを象徴している」と評価した。
 バーン氏は、変革は国民の最大のニーズだったと認めたが、トルドー政権が上半期輝いていたのに対し、下半期はカストロ氏への弔辞が物議を醸したことや、ヤジディ虐殺に対する援助の遅れ、政治資金問題などが影をさしたと指摘した。

 バーン氏は、カナダとEUの自由貿易CETA締結に尽力したクリスティア・フリーランド国際貿易大臣を、「際立って活躍した」閣僚として挙げた。ドノロ氏も、フリーランド大臣はCETAへの反対者が間違っているということを証明し、自身が有能な交渉者であることを示したと述べた。
 パーキン氏は、最も活躍しなかった閣僚としてマリヤム・モンセフ民主機構大臣を挙げた。彼は、自由党政権は本心では選挙制度を改革したくないので、モンセフ氏にとって大臣就任は災難としか言いようがないと語った。
「彼女は、失敗するために用意された。経験に乏しい人物をわざわざ選び、危険な任務に放り込んだのだ。トルドー首相は本気で彼女の成功を望んでいるのか、疑問に思う。」
 またバーン氏は保守党支持の立場から、モンセフ大臣とステファン・ディオン外務大臣とバーディシュ・チャッガー下院院内総務を「最も貢献した大臣」に挙げた。
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年明けに内閣改造か [自由党]

 トルドー首相が、年明けに内閣改造するという噂が流れている。
 政権発足当初から、閣僚の中には能力の劣る者がいると噂されてきた。マリヤム・モンセフ民主機構大臣は、出生地を誤って申告した過去を暴かれたり、数式を使って議員を侮辱した発言について謝罪するなど個人的トラブルが多く、肝心の選挙制度改革は暗礁に乗り上げている。またステファン・ディオン外務大臣は、更迭され註仏大使に転進するという噂が根強い。
 そのいっぽうでは、良い働きぶりを見せているフランソワ=フィリップ・シャンパーニュ財務政務次官を大臣に昇格させるべきだとか、クリスティア・フリーランド国際貿易大臣にもっと重要なポストを与えるべきだという意見も聞かれる。
 トルドー首相は昨年12月、35人の政務次官を任命したとき、その任期は1年だと語っていた。彼らは1年間懸命に働き、あわよくば大臣に昇格したいと望んでいることだろう。
 ケイト・パーチェス首席報道官は、「政務次官の任期は、連邦議会が召集される1月まで延長される。内閣改造については、何も俎上に上げられていない」とコメントした。
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トルドー首相、ジョージ王子にハイタッチを拒否される [自由党]

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o-PRINCE-GEORGE-570.jpg イギリスのウィリアム王子一家は、9月24日ビクトリア国際空港に到着し、カナダ訪問を開始した。デビッド・ジョンストン総督夫妻、ジャスティン・トルドー首相(カナダ)夫妻、クリスティ・クラーク首相(ブリティッシュコロンビア州)らが待ち受ける中、一家は飛行機で降り立ち、温かい歓迎を受けて両国親善の旅を始めた。
 トルドー首相はジョージ王子の高さに合わせ、片膝をついてしゃがみ、ハイタッチしようと右手を挙げたが、王子はなぜか首を横に振り、拒否するそぶりを見せた。首相は今度は手を下に広げ「ロータッチ」を試みたが、王子は反応せず、握手も拒否されたので、首相は苦笑いするしかなかった。王子はそれから、観衆に向かって手を振った。
 ジョージ王子は4月にも、イギリスを訪問したバラク・オバマ大統領にパジャマ姿で会見しているが、このときは握手はしている。
 実はイギリス王室とトルドー家の間には、代々続く因縁がある。1977年のロンドン・サミットでイギリスを訪問した父ピエール・トルドー首相は、エリザベス女王の背後でピルエットを踊っておちょくった。彼の息子ジャスティン・トルドーはカナダが誇るイケメン首相だが、無礼を働いた男の息子への、無礼を働かれた女のひ孫による「冷遇」は、ネット上でカナダ人たちの大きな反響を呼んだ。
 ケイト・ミドルトン・ファンズ「ジョージ王子:誰だお前、田舎者。」
 デイナ・シュワーツ「ジョージ王子は平民とはハイタッチしないなんて、甘やかされたおとぎ話の王子様みたいだね。」

 いっぽう、ソフィー・グレゴワール=トルドー夫人も元モデルの美人で、キャサリン妃とファションセンスが似ていると言われており、両者は服装に苦慮したようだ。キャサリン妃は、上下と帽子をイギリスの伝統的なロイヤルブルーで統一し、胸にはメイプルリーフ型のブローチ。ソフィー夫人はダークパープルのドレスで、フェルト地のパナマ・ハットをかぶっていたが、ハイヒールはキャサリン妃と同じブランド。色とデザインは異なるものの、やはり2人は好みが似ているようだ。


【動画】 https://www.youtube.com/watch?v=yha0OCAOw8E
【参照】 トルドー首相、エリザベス女王に会見
http://blog.so-net.ne.jp/canadian_history/2015-11-26
図:「大人になって、未来の国王に跪け、この目立ちたがり屋の田舎者め。それから髪も切れ、お前は歩く災難だ。」漫画を描いたマッケイは、もちろんカナダ人。
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モンセフ大臣のケースは法の不条理を浮き彫りにした [自由党]

 マリヤム・モンセフ民主機構大臣が出生地を誤って公表していた件について、カナダ人の間ではおおむね同情的な声が大きいようだが、中には「辞職せよ」「市民権剥奪」という厳しい意見も聞かれる。保守党のトニー・クレメント議員は9月26日、モンセフ大臣に「深刻な結末」について語り、辞職を迫った。
 保守党政権下で成立した法律(C-24号)では、市民権申請書に出生地を偽って申告した場合、裁判なしに市民権を剥奪されることがありえる。ブリティッシュコロンビア市民自由協会のジョシュ・パターソン理事は、C-24号法は違憲立法であり、モンセフ大臣のケースはこの法律の不条理を浮き彫りにしたと語る。
「我々が駐車違反切符を切られるとき、裁判を受ける権利について聞かされる。あなたが不正な場所にゴミを捨てたら切符を切られるだろうが、裁判を受ける権利はある。じゃあ20年前に何かを言ったり言わなかったりして市民権を剥奪されるかもしれないとき、裁判を受ける権利はないのか?」
 彼は、ジョン・マッカーラム移民・難民・市民権大臣が就任前の野党議員だったとき、C-24号法は「独裁的だ」と非難し、裁判に訴えることができるよう改正すると約束したと指摘した。しかし2015年11月の自由党政権発足後も、法律は改正されなかったし、それどころか新政権は毎月数十人もの市民権を剥奪した。
 移民弁護士のローン・ウォールドマン氏は26日、C-24号法を違憲立法だとする行政訴訟を起こした。本人のせいではなく親のせいで誤った申告をしてしまい、市民権を剥奪されるというモンセフ大臣に類似したケースを、彼は何件か担当していると語った。

 モンセフ大臣は、自身の出生地を巡る騒動についてこう弁明した。
「出生地に関する混乱は、私と家族にとっては大きな問題だ。しかし私が誰であるかは変わらない。これは私と家族が解決していく問題だ。ピーターボロー-カワーサ(選挙区)への私の責務と、このファイルへの私の責務は、変わらない。」
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「アフガン生まれ初の大臣」、実はイラン生まれと告白 [自由党]

 「アフガニスタン生まれ初の大臣」と言われてきたマリヤム・モンセフ民主機構大臣は、グローブ&メイル紙で実はイラン生まれと報じられたのを受け、9月22日にこれを認める声明を発表した。
 大臣はこれまでアフガニスタンのヘラート生まれと語ってきたが、数日前に母ソリヤから、イランのマシュハドで生まれたと聞かされた。大臣の両親は、家族が故郷と呼ぶヘラートで結婚したが、ソ連のアフガン侵攻の影響で町は壊滅し、治安がすこぶる悪化したため、イランのマシュハドに逃れ、そこで大臣を産んだ。一家はその後しばらくイランに滞在したが、家族の誰一人としてイラン国籍を取得しなかった。
 マリヤム・モンセフ大臣は、就任した2015年11月からずっと「アフガニスタン生まれ初の大臣」と言われ続けてきたが、実はイラン生まれだったことを、母は数日前まで話さなかった。母はそれを問題だと思っていなかったし、夫を失った辛い過去の記憶を思い出したくなかったようだ。
 大臣は「カナダは、私が私でいられることについて重要な役割を演じている。それは私が属していると心から思える唯一の地であり、私がカナダ人であるという以上に誇りに思うことはない」と語った。

 奇しくも日本では今、民進党の蓮舫代表が国籍について正しく報告していなかったことが問題視されている。モンセフ大臣は選挙制度改革に取り組んでいるが、彼女もまた経歴を正しく申告していなかったことになる。カナダ移住時に、書類に「アフガニスタンのヘラート生まれ」と申告していたため、大臣は現在その修正手続きを行っているという。
 保守党のミシェル・レンペル議員はツイッターで、大臣の難民申請書の正当性や、トルドー首相の任命責任に疑問を呈した。枢密院広報のレイモンド・リベット氏は、閣僚は連邦警察(RCMP)などから破産と債務超過に関しチェックされると語った。
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チャッガー氏が女性初の下院院内総務に [自由党]

 トルドー首相は、小規模な内閣改造を行った。バーディシュ・チャッガー中小企業・観光担当大臣が8月19日、下院院内総務に就任した。女性の下院院内総務は史上初であり、36歳の新人議員がこの重職に任じられるのは、極めて異例なことである。
 彼女は以前、フランス語の質問に英語で回答したことで、その会話力を問題視された。彼女はこれについて、フランス語を聞いて理解できるが、話すことにはまだ自信がなく、今後訓練していくと述べた。

 異例なのは、これだけではない。当選6回のベテラン、ドミニク・ルブラン下院院内総務がこの職務から外れ、漁業・海洋・沿岸警備隊担当大臣の職務に専念する。なお彼は、近いうち別の任務を与えられるという。
 トルドー内閣のトラブルの始まりは、ハンター・トゥートゥー漁業・海洋・沿岸警備隊担当大臣が5月31日、アルコール中毒の治療に専念するという理由で突如大臣を辞職し、幹部会からも離脱したのが端緒だった。彼は8月、部下の女性と「合意ではあるが不適切な関係」を持っていたと告白した。
 そのとき漁業・海洋・沿岸警備隊担当大臣のポストは、ルブラン下院院内総務のものとなった。実は彼は、ピエール・トルドー内閣で漁業・海洋大臣を務めたロメオ・ルブランの息子に当たる。それゆえこのポジションは彼にとって、なじみのあるものだった。
 だが彼は、安楽死幇助法案を巡る対応でつまずいた。最高裁が要請した6月6日までの法案成立に、間に合わなくなったのだ。彼は、審議を一方的に打ち切ることができ、それを妨害した場合厳罰に処する「6号動議」を上程した。これが強権的で議会軽視だとして、野党の不況をかったのである。彼は5月19日にこれを取り下げ、法案は期限を過ぎた6月17日に成立した。
 ルブラン氏はジャスティン・トルドー首相の幼馴染であり、親子2代に渡る親しい関係にあることから、この人事がいかに異常であるかがわかるだろう。このころ、トルドー内閣の閣僚には能力のない者がいるとして、近日中の改造が噂されていた。
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ベランジェ議員、ALSのため死去 [自由党]

 自由党のモリル・ベランジェ議員は8月16日、筋萎縮性側索硬化症(ALS/通称ルー・ゲーリッグ病)のため死去した。61歳だった。彼が提出した国歌変更法案は、下院を通過したものの、法案成立を見ることなく志半ばで倒れた。
 彼はオンタリオ州マタワで、フランス語を話す家庭に生まれた。彼の母は、オンタリオ州におけるフランス語の権利擁護運動に関わっていた。彼は子供のころはバスに乗り、60キロ離れたフランス語校に通った。
 1995年総選挙で初当選し、8回連続当選して21年間下院議員を務めた。彼は母と同じように、カナダにおけるフランス語の権利を擁護することに努めた。
 2015年10月の総選挙の最中、彼はしばしば話すことが困難になった。11月に病院で診察を受けたところ、難病の筋萎縮性側索硬化症と告知され、余命いくばくもないことが判明した。そのため彼は、下院議長に就くことが予定されていたが、断念した。
 彼は2015年2月、国歌「オー・カナダ」の歌詞“in all thy sons command”を“in all of us command”に変更する法案を提出したが、当時は保守党政権下で、4月に否決された。だが発病後の2016年1月27日、同様の法案を連邦議会の歴史上初めて、コンピュータによる電子音声で発議し再提出した。
 病気の進行は予想より早く、彼は発声・歩行などに困難を抱えながら議員活動を続けた。同法案が6月15日に下院を通過したとき、議員たちは起立して国歌を斉唱した。だがまだ上院を通過していないため、国歌変更は7月1日のカナダ・デーに間に合わず、連邦議会も夏休みに入ったため、法案成立・国歌変更を見ることなく他界した。
 2016年3月9日には、彼は満場一致で一日名誉議長に任じられ、議長席におよそ20分座り、コンピュータによる電子音声で発言した。
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トルドー首相「エルボーゲート事件」について謝罪 [自由党]

 トルドー首相は5月19日、保守党院内幹事の腕に掴みかかり、新民主党女性議員を肘で突いた「エルボーゲート事件」について謝罪した。
 連邦議会下院では18日、安楽死幇助を合法化するC-14号法案について採決しようとしてした。連邦最高裁は2015年2月6日、医師の幇助による安楽死を容認し、これを1年以内に法制化するよう要請する判決を出したが、1月にその期限を6月6日に延長した。トルドー首相は、期限が迫っているにもかかわらず、野党保守党と新民主党が意図的に投票を遅延する妨害を行ったので、保守党のゴード・ブラウン院内幹事を催促するためその腕に掴みかかり、その際背後にいた新民主党のルース・エレン・ブロソー議員の胸を肘で突いた。
 新民主党のニキ・アシュトン議員は「議会で今行われていることは、暴力だ」、また新民主党のピーター・ジュリアン議員は「議会での暴力は、決して許されない」と抗議した。緑の党のエリザベス・メイ党首は、議員たちは「エルボーゲート事件」から離れ本来の職務に戻るべきだと呼びかけた。
 トルドー首相は19日、下院で謝罪した。
「私は本当に、誰かを傷つけたり衝撃を与えたりするつもりはなかった。私の行動で誰かが衝撃を受けたなら、私は謝罪する。それは、誰かを傷つける意図ではなかった。」
 議会で野次が飛び交うなか、ジェフ・リーガン議長が「他の議員を手荒に扱うのは、適切ではない」と発言すると、拍手が沸いた。議長はさらに「私は総理が謝罪したと思う」と述べた。
 ようやく沈静化した議会では、C-14号法案の採決が行われ、172対137で可決された。

 トルドー首相はそれから議場を出て、ブリティッシュコロンビア州のクリスティ・クラーク首相とともに記者会見し、駒形丸事件について謝罪した。1914年5月23日、インド人376人(シーク教徒340人、イスラム教徒24人、ヒンズー教徒12人)を乗せた駒形丸がバンクーバー港に入港した。「大英帝国臣民は帝国内を自由に移動できなければならない」と定められていたにもかかわらず、カナダはアジア系移民を締め出すため「移住は直行便で到着する者に限られる」と定めており、2か月後にわずか24人だけに上陸を許可した。残った全員は帰国を強いられたが、カルカッタに到着したとき、大英帝国の官憲が乗客のグルジット・シンを逮捕しようとして発砲し、20人の死者が出た。
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トルドー首相が上院議員を指名 [自由党]

 トルドー首相は3月18日、首相就任以来初めて上院議員を指名した。
 首相が公約していた「党派性のない上院」を体現すべく、トルドー政権によって選ばれた「独立した委員会」の推挙リストから首相が選んだ7名は、全員が自由党の元閣僚でも、落選した自由党候補でも、自由党への大口献金者でもない。首相は2014年1月、自由党幹部会から全ての上院議員を除名し、無所属議員としていたが、新たに指名された7名は全員が無所属となる。うち1名は、新民主党元議員・元閣僚である。
 上院はこれまで、政界引退者と大口献金者の「ゴミ捨て場」と言われてきた。2009年にハーパー首相によって指名されたアービング・ガースタイン元上院議員は、かつて「私は大口献金者として上院に来た。そのことを誇りに思っている。私は、保守党に資金を提供し続ける行為は必要なことで、敬われるべきだと考えている。政党が活動するには、お金が必要だ」と語った。
 シャンタル・プチクレール氏は、パラリンピック5大会に出場し21個のメダル(金14・銀5・銅2)を獲得した。マレー・シンクレア判事は、マニトバ州で先住民初(カナダでは2人目)の判事であり、先住民の児童を親元から引き離し寄宿舎で同化教育を強制した事件を究明する「真実と和解委員会」の主任コミッショナーでもあった。レーモン・ガニエ氏は、サン=ボニファス大学元学長である。ラトナ・オミドバール氏は、シリア難民を誘致する「ライフライン・シリア」の議長である。アンドレ・プラット氏は、仏語紙「ラ・プレス」の元編集長である。フランセス・ランキン氏は、オンタリオ新民主党の元閣僚・元議員である。ピーター・ハーダー氏は与党上院院内総務を務めるが、所属はあくまでも無所属となる。
 今回の指名で上院勢力は、保守党42、進歩保守党1、無所属45(うち元自由党26)、欠員17(定数105)となった。
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ALSのベランジェ議員、音声ジェネレーターで演説 [自由党]

 自由党のモリル・ベランジェ議員は1月27日、国歌「オー・カナダ」の歌詞の一部を修正する法案を、連邦議会の歴史上初めて電子音声で発議した。
 筋萎縮性側索硬化症(ALS/通称ルー・ゲーリッグ病)を患い、声を失いつつある彼は、音声ジェネレーターを使用し、マイクを通して演説した。
「58%もの人々がこれに賛成し、反対はわずか19%でした。」
 彼は、昨年4月の連邦議会では、全ての党の議員がこの法案に賛成投票したことを強調した。そして、女性をも含む歌詞への修正を求める演説の最後を「ところで議長、今は2016年です」という、ジャスティン・トルドー首相が閣僚を男女同数にした理由を説明した有名な言葉で締めくくった。
 ベランジェ議員の演説が終わると、議員たちは与野党を問わず全員が起立し拍手した。新民主党のピーター・ジュリアン議員とロメオ・サガナッシュ議員は、野党席を出て与党席のベランジェ議員のもとに歩み寄り、握手した。

【動画】 https://www.youtube.com/watch?v=pD2MYGktaRc
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トルドー首相、優先順位付き連記投票を提唱 [自由党]

 トルドー首相が提唱する選挙制度改革は、新民主党が主張する比例代表制ではなく、優先順位付き連記投票である。
 それは、投票用紙に記載された候補者たちに、当選させたい順に番号を付けて投票する。1位の票数が過半数に達した候補者がいれば当選となるが、過半数に達した候補者がいない場合は、最下位の候補者を除外し、その人に投じられた2位の票数を残りの候補者に配分し、過半数を獲得する候補者が出るまでこれを繰り返すものである。
 首相は選挙制度改革について、最終的に国民投票にかけることを否定しなかった。だが住民投票は、州政府が諮問した選挙制度改革案を3つの州で否決している。
 トルドー首相は、総選挙時から優先順位付き連記投票を訴えてきたが、保守党はそれが中道の自由党に有利だとして、反対してきた。現に自由党は、保守党や新民主党支持者にとって最も人気のある第2候補であり、多くの政治アナリストたちは、優先順位付き連記投票はより自由党に有利になると指摘した。
 だが首相は、2015年総選挙において自由党が得票率39.5%で議席の54%を獲得した事実を挙げ、この改革案が自党を利するためのものだという風評を否定した。
 現行の小選挙区制では、議席を持つ政党としては、右派政党が保守党1つしかないのに対し、左派政党は自由党・新民主党・ケベック連合・緑の党と4つある。そこで緑の党のような左派の小政党支持者は、本来支持する政党に投票した結果死票になり、保守党候補が当選してしまう事態を恐れ、自由党に「戦略的投票」をした。だが優先順位付き連記投票なら、小政党であっても本来の支持政党に順位1位をつけ、自由党に2位をつけておけばいいので、小政党に有利になるという見方もある。また小選挙区制では、二大政党以外の支持者は棄権する可能性が高く、投票率向上につながると考えられる。
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トルドー首相夫人の複合姓、論争に [自由党]

 首相官邸は、首相夫人は「ソフィー・グレゴワール=トルドー」と称されることを望むと発表した。
 ケベック州は1981年の法改正により、夫婦別姓が強制されることになった。それ以前は、夫は自分の姓を保ち、妻は夫の姓に変える権利を持つことになっていた。よって複合姓は合法的でもなければ、慣例でもないことになる。
 それ以前に結婚した歴代首相の夫人たちは、ケベック人であるローリエ夫人のゾエ(ケベック人)、サンローラン夫人のジャンヌ(ケベック人)、トルドー夫人のマーガレット(スコットランド系)、マルローニ夫人のミラ(セルビア系)、クレチエン夫人のアリーヌ(ケベック人)も含め、一人を除く全員が夫の姓を名乗った。唯一の例外はクラーク夫人のモリーン・マクティア(スコットランド系)で、夫は保守党内でも最左翼に位置し、むしろ自由党に近いほどだった。モリーン夫人自身は法律家・翻訳者で、首相夫人として唯一連邦議会選挙に出馬している(落選)が、彼女のフェミニズムは保守党内で強い批判を招いた。エリザベス女王を囲む昼食会で、出席した女性たちは彼女を「ミセス・クラーク」と呼んでからかったが、エリザベス皇太后だけは彼女を「ミズ・マクティア」と呼んだという。
 ラバル大学で法学を教えるルイーズ・ランジュバン教授は、複合姓に異議を唱えた。
「彼女は自身の姓を称するべきです。彼女の夫は『今は2015年だ』と言いませんでしたか?夫の姓を称することは、父権主義的伝統です。法律的には、ケベックではそれはできません。そして象徴的には、それは一歩後退です。これこそアナクロニズムでしょう。」
 多くのカナダ人は、彼女の複合姓は保守的な有権者への譲歩だと考えている。事実、彼女は結婚前から「ソフィー・グレゴワール」の名でタレントとして活動し、2005年の結婚後もその名を称してきたが、夫が政界に進出するようになると「グレゴワール=トルドー」の複合姓を称するようになった。ジャスティン・トルドー氏は政界進出前から将来の党首・首相とみなされていたから、複合姓の採用は、地元ケベックのみならず全国レベルでの進出を当初から企図してのことだろう。首相夫人として、夫婦別姓は2人目、複合姓を称するのは初めてのことである。
 クイーンズ大学でジェンダー論を教えるドニス・コート教授は、次のように述べた。
「私はこれが、彼女独りで決めたことだとは考えません。これは戦略です。首相夫人は、政治的な立場です。これは、英語系カナダへの媚でしょう。私見では、妻が複合姓を称するなら、夫も同じ複合姓を称するべきだと考えます。」
 氏名の変更は、法律上非常に難しい。嘲笑の対象となる名や、悪名高い名のような『深刻な』動機によるのでなければ、まず許可されない。「スカボロー・レイピスト」の共犯者カーラ・ホモルカは、名をエミリー・トレンブレイに変えようとして、拒否されている。
 ハーパー前首相の夫人ロリーン・ハーパーは、夫が2006年に首相に就任するまで「ロリーン・テスキー」の旧姓を称した。ヒラリー・クリントンも当初「ヒラリー・ロダム」の旧姓を称したが、夫ビル・クリントンが1980年アーカンソー知事選で落選すると、夫の姓を称するようになった。
 ケベック連合のジル・デュセップ党首の妻は、ヨランド・ブリュネルと称している。なおケベック連合は、ケベック州にのみ候補を立てている。
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モンセフ民主機構大臣、保守党の質問攻めを余裕の笑顔でかわす [自由党]

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 マリヤム・モンセフ民主機構大臣は、当選1回・若干30歳で入閣した、トルドー内閣では最年少の(カナダ史上4番目に若い)大臣である。彼女は今週、下院で野党保守党から質問攻めに遭い、言質を取られそうになり保守党議員団から喝采を浴びたが、笑顔で「ありがとう」と答える余裕を見せた。
 保守党のスコット・リード議員は12月7日、過去15年間にブリティッシュコロンビア・オンタリオ・プリンスエドワード島が選挙改革に関する住民投票を実施したが、いずれも否決されたという事実を引用したうえで、トルドー政権は住民投票を実施するつもりがあるかと問いただした。モンセフ民主機構大臣は、政府は、この国の民主主義の歴史を変える話し合いを持つことで国民に配慮すると答えた。
 すると保守党のブレイク・リチャーズ議員は翌日、「選挙改革に関する協議が行われ、新しい選挙制度が構築されたあと、政府はその新しいシステムに関して住民投票を実施するのか、はいかいいえで答えて下さい」と迫った。
 モンセフ民主機構大臣は、用心深く「私はその協議の結果を、住民投票にゆだねることによって阻害するつもりはない」と答え、自由党議員団から拍手された。
 するとリチャーズ議員は、なおも言質を取ろうと「カナダ人には、どのように統治され、我々の選挙がどのように行われるべきかを住民投票で決める能力がないと主張するのか」「この問題に関して住民投票を実施するには、カナダ人はまだ未熟だというのか、はいかいいえで答えて下さい」と食い下がった。
 モンセフ民主機構大臣が「この国の国民は、民主的な機関と同様に重要に、考慮されるのが当然だ」と回答すると、保守党議員団は立ち上がって歓呼した。大臣は「ありがとう。素晴らしい」と言って余裕の笑みを浮かべた。そして今年10月の総選挙が、現行の小選挙区制による最後のものになることを、自由党政権は明確にしていると語った。

 モンセフ民主機構大臣は、アフガニスタンのヘラートに生まれた。子供のころ、父親はイランとの国境付近で捕らえられ、二度と帰らなかった。彼女のおじは反共運動に加担していたが、バスの中での会話を通報され、大学寮から拉致されて二度と戻らなかった。母は生活のため家で英語を教えたが、タリバン政権は女性の勉学を好まなかったので、一家は迫害から逃れるためアフガニスタンとイランの国境を往復する生活に入った。だがイランでの生活は不法滞在であり、文化的な違いもありそこでの生活も安住できるものではなかった。
 一家は1996年、おじが暮らすカナダに難民として移住することを決意する。カナダへの旅は、イラン・パキスタン・ヨルダンをロバやラクダで経由するものだった。
 一家はカナダで、フードバンク、救世軍、ニューカナディアンセンター、カサ・マリア難民ホームズ、YWCAの援助を受けた。彼女は今も、カサ・マリアとYWCAで働いているという。
「ボランティアや近所の人々は、私たちの生活に入ってきて、私たちが寂しくないよう、私たちがコミュニティに入り、そこに属するように、気を使ってくれた。20年後の今も、優しさはなお私の心のうちにある。そして下院議員として、私の任務を通してその一部をお返しすることができたらと望んでいる。」
 2014年、オンタリオ州のピーターボロー市長選に立候補して落選したが、2015年には連邦議会総選挙に立候補し、7万件の家庭を訪問する選挙戦の後に、当選を果たした。だが何より彼女を驚かせたのは、当選1回・若干30歳で民主機構大臣のポストを提示されたことだった。彼女はインタビューで、上院改革よりむしろ、賃金の平等、女性に対する暴力などの女性問題について熱心に語ったように見えた。
「民主制度下で暮らしていることは、恩恵なのです。」


写真:保守党議員団からの喝采に笑顔で応えるマリヤム・モンセフ民主機構大臣。
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